穴掘りは夢と浪漫と探求心だ。 とある学者が『人間の根底には穴を掘る習性が刻まれている』という学説を発表した際に、研究者たちはみな黙したまま首を縦に振ったらしい。 一部の民族に至っては、砂浜に連れて行かれると、理由もなく穴を掘ってしまう不思議行動を取るのだとか。 かつて先祖たちが乗り越えた塹壕戦の名残という仮説を立てる人もいれば、男女が恋に落ちるのと同様に本能がそうさせるのだと主張する者もいる。
実のところ、私もそんなに嫌いではないけれど、穴掘りに魂を燃やす程の情熱は理解できない。
動力機付きの穴掘り機で、目の前の空き地に穴を掘りながら、私は額に浮かんだ汗を拭った。
【開拓都市ワシュマイラ】は数十年前に大陸南端に誕生した、大陸5大都市のひとつだ。 南部開拓の最前線基地でもあり、開拓事業そのものは現在も続行中。内陸北部に巨大な鉄鉱山や宝石鉱山があり、大陸の重工業において重要な採掘地でもある。 いわゆる労働者の町で住民の気性こそ荒いが、治安は比較的良好で、労働者はみんな勤勉。時折、南に拡がる広大な岩石砂漠からの原住民の襲撃を受けるものの、開拓という最重要命題のために日々汗を流している。
先日、失踪中の母からの伝言を受け取った私は、揺れる貨物船で5日間、船酔いと不安定な寝床に苦しみながらワシュマイラまでやってきた。 ワシュマイラは南部とはいえ最果ての地、乾燥した冷たい風と夏でも霜が降るような気候のせいで恐ろしく寒い。 羊毛を織り込んだ冬用のコートと模造毛皮のフードを着込んでもなお、芯から冷えてしますような空気に目を細めながら、潮風が吹きすさぶ港を通り抜けて、鉄と開拓の町へと乗り込んだのだった。
私の名前はウルフリード・ブランシェット。16歳、ブランシェット家の狩狼官で13代目の当主。 失踪中の母と、実家から持ち出された機械の狩狼道具を探しながら暮らしている。
初めて訪れる町では、飯屋か自警団事務所を訪れろと先人たちは語る。 この世で最も情報を握っているのは、誰もが集まって噂話や世間話に華を咲かせる飯屋、町の荒事に対処し続けている自警団、それと情報そのものを売り買いしている情報屋だ。 だけど情報屋はそもそも居場所がわからない、自警団事務所を探すにも土地勘がない。しかし飯屋だけは、観光客でも旅人でもわかるように、ここに食べ物があるぞと店構えと匂いで知らせてくれる。
適当に町を歩けば辿り着くだろうと、潮風吹き荒ぶ港を通り抜け、町へと続くゲートを潜り抜けると、真っ先に目に飛び込んできたのが飯屋だ。 正確には飯屋と自警団詰所と情報屋の合体した店、その名も【ウルフリードワークス】、まるで私が欲しいものを全て乱雑に箱に詰め込んだような名前の店だ。 看板には狼とその首を繋ぐ紐、さらに巨大なスコップが真っ黒いペンギで描かれていて、ご丁寧に看板の端には『ブランシェット・12』とサインが殴り書きされている。