秋の空は気分屋だ。 晴れるかなと思えば途端に曇るし、傘が必要と判断すればそのまま重たい鉛色の雲を敷き詰めたまま、じゃあそのまま歩いて帰ろうと決意した途端に矢のように降り注ぐ雨。涙目になりながらも家に帰りつく頃には、柔らかな光が地面に差し込み、雲の隙間から青い空を覗かせる。
世の中にはどうにも出来ないことばかりだけど、秋の空もそのひとつに違いない。
「それで、ずぶ濡れになったの? ウルフリードは馬鹿だねー、そんなの降っても降らなくても、傘を持っておけば済むのに」 同室で年下のファウストが呆れた顔をしながら、私のぽたぽたと水滴を垂らす頭に向けてタオルを投げてくる。 彼女は訳あって――といっても、その訳というのは実にくだらない理由ではあるが――とにかく訳あって一緒に暮らしている自称天才美少女魔道士だ。天才かどうかは魔道士でない私にはわからないけど、美少女だというのは確かだ。今日も金色の長く細い髪を頭の上で球状に束ねて、小動物のような小さい体でバタバタと棚から着替えの服を引っ張りだしている。
引っ越してきた当初最低限の荷物しか無かった私の部屋は、すっかりファウストの私物に占有されて、引き出し付きの家具に壁掛けの姿見、怪しい魔導書がぎっしり詰め込まれた書庫、わけのわからない無数のガラクタ、ベッドの上には部屋の主よりも幅を取っている巨大なぬいぐるみ、そういったもので溢れ返っている。 目測で10分の9は彼女のものだ。もはや彼女の部屋といっても過言ではないかもしれない。
「とにかくお風呂入ってきて! 雨はきれいな水じゃないんだから!」 「はいはい」
私は着替えを受け取って、下宿の共用風呂に浸かり、じわっと汗が流れるような熱さに身を任せる。 思うに、風呂に入っている時間、この時間が無限であれば世の中のどうにも出来ないことなんて些細な、気に留めることもない些事に成り下がってくれるかもしれない。
特に私の場合は、どうにも出来なかったことが大きすぎるから。 湯気で白んだ天井の電球に目を向けて、ぼんやりとした光を眺めて、ゆっくり目を瞑る。
世の中はどうにもならないことばかりだ。例えば母のことであるとか。
私の名前はウルフリード・ブランシェット。16歳、人生の楽しみは風呂と動物。職業は一応、狩狼官だ。