昔から森の中は危険が多いという。 町から離れた森で暮らすばあさんの家を訪ねた少女が狼に襲われた、なんて話もある。 狼でなくても、野犬、蜂、蛇、野生動物、怪我、毒キノコ、遭難、深い森の中は危険が、それこそ地面に落ちた木の実の数ほど多い。
しかしだ、こんなものに遭遇するとは、さすがの私も思ってもみなかった。
太鼓の音がドンドンカララと小気味よく、しかし力強く鳴り響く。 目の前では杵を抱えた肉の塊のような女が、力強く『よいしょー!』と喚きながら、目の前の臼に向かって振り下ろし続けている。 その周りでは、地面にべったりと足をつけ、膝を曲げて腰を落とした全身の肉量の多い女たちが、両手を左右交互に突き出しながら、掛け声と共にぐるぐると円を描くように回っている。
「どっせーい! どっせーい!」
一体全体これは何なのか……?
私はなんか怖いという感情を胸の奥で震わせながら、頭上に生い茂った背の高い樹木の群れに目を向ける。 空は透き通るような晴天、だけど地面では意味の解らない謎の儀式。 私はタヌキにでも化かされているような気持になって、なにもかも諦めたように嘆息した。
・・・・・・
話は少し前に遡る。
私たちはタヌチャッチャ地方にある大森林の中を彷徨っていた。 タヌチャッチャ大森林は大陸5大都市のひとつ、自由都市ノルシュトロムから大陸横断鉄道で丸2日の位置にあり、元々はタヌキの一大生息地。名前のタヌチャッチャも、それに関して付けられた名前だと思う。 現在はサキガケという半人半獣の遥か東方からの移住者たちが住みつき、来訪者を相手に樹海探索ツアーを催したりしていて、徐々にではあるが観光地或いは自然保護地区としての様相を呈している。