私の住む自由都市ノルシュトロムは、巨大な運河へと結ばれる水門そのものに都市中枢を置き、人工物からの発展という設計思想から、町全体が秩序立てて構成されていて、十字路で仕切られた用途毎に色分けられた区画が特徴的な、少し面白い形をしている都市。 ただし、それはあくまで貿易港一帯と中心市街地の話であって、町の南に築かれた巨大な壁、その向こう側のいわゆる郊外の貧民街にまで足を運べば、一気に無秩序で混沌とした姿を覗かせる。

路地には不法に投棄されたゴミが転がり、建物は雨風をかろうじて凌げる程度のバラック、壁のあちこちには意味不明な落書きが描かれ、違法に増築された建物や階段で地図が地図として機能していない。刀剣や麻薬の売買はもちろん、騎士団や魔道士のみが所持を許される銃器までもがどこからか横流しされ、治安は最悪と言っても過言ではない。 かろうじて安心できる要素があるとすれば、壁と貧民街の間に巨大な川が流れているため、市街地への侵入が唯一の橋と海上に制限されている点だけだろう。

見ていて気持ちのいい光景ではないし、決して前向きに受け止められるような場所でもないが、私のような小娘にどうこう出来る問題でもなければ、人と物が集まる巨大都市とは切り離せない現実でもある。

ところで、どうしてそんな事情に触れているかって? 私の母が実家から持ち出した狩狼道具、その中の幾つかが貧民街へと渡ってしまったからだ。危険を冒してまで回収するものでもないと思うけど、見逃したら見逃したで実家のばあさんからどんな目に遭わされるかわかったものではない。 それに失踪した母の足跡を辿れるかもしれない。

要するに行ってみるしかないのだ。

私の名前はウルフリード・ブランシェット。16歳の狩狼官。狼を狩る必要がない時代なので、代わりに悪党を捕まえて収入を得ている狩狼官だ。

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話は少しに遡る。 契約先のアングルヘリング自警団事務所は、大した仕事もなく貧窮して朽ちかけているけど、腐っても自警団事務所だ。契約者の自警団員が捕まえた窃盗犯が、数年前にブランシェット家の狩狼道具と思われる複数の特殊な機械を盗み出して、ノルシュトロム指折りの富豪ヌー・ヴォリッシュに売り渡したことを白状した。