私の住んでいる下宿の部屋は殺風景だ。 部屋の家具は最低限、ベッドと小さなテーブルにランプがひとつ。あとは壁掛けのハンガーが数本。そこにパーコレーターとミルと珈琲豆、アルコールバーナー、マグ。あとはハンティングナイフが数本、鍛錬用の木剣、戦利品の東方の刀、本が数冊、鉄製の道具箱の中には回収した狩狼道具がいくつか。 服も鞄も最低限。 別に余計なものは置かない主義だ、なんてこともないけど、誰が来るわけでもないし、部屋にいる間は鍛錬と眠るくらいしかしていないなので、他人に向けて着飾る必要もないのだ。

つまり私の部屋のドアは鳴らされることがない。 もし鳴らされることがあるとしたら、それは厄介事の来訪を意味する。実際に以前鳴らされた時は、同じ下宿の女学生失踪未遂事件だった。

ドアがコンコンと2度3度ノックされる。 さあ、厄介事のお出ましだ。

私は上段から地面スレスレに向けて振り下ろしていた木剣を壁に立てかけて、滝のように流れる汗を拭いながらドアを開けた。

私の名前はウルフリード・ブランシェット。16歳、狩狼官。おおよそ世間一般の女学生が送る生活とは無縁な日々を過ごしている。

「いやー、ウルちゃんも連れてきて正解だったね。私、ああいうの得意じゃないから」 「学校だと銃も輪投げも授業にないからねー。ありがとう、ウルちゃん」 そう話すのはすぐ上の階に住むセシリア・オルコット。18歳。私が射的の屋台で落とした景品を袋いっぱいに抱えている。 その隣には彼女と同室のクロエ・オルティス。17歳。果実に飴を絡ませた菓子を舐めている。 ふたりとは前の事件がきっかけでよく喋るようになったが、なぜか近所の学校の文化祭に、賞品稼ぎとして連れ出されることになった。 いわく、あなたはもう少し16歳を満喫したほうがいい、ということらしい。

なるほど、一理ある。 それに文化祭というのは盲点だった。屋台の値段も一般的なところより低価格、客層も内外含めて学生たちとその保護者、稀に女学生の姿を合法的にじっくりと堪能したい変質者もいなくはないけど、全体の危険性でいえばノルシュトロム市街地よりも安全安心だ。

私たちの暮らす自由都市ノルシュトロムは大陸5大都市のひとつだ。当然ながら人口も多く、学生の対象となる年齢区分の7歳から20歳の人数も相応に多い。 学校は普通一般教育課程の小中等部を経て、各分野の専門課程である高等部に進学するのが一般的で、セシリアとクロエも商科専門課程の学校に通っている。内容はいわゆる小難しい計算と商業全般、小等部すら出ていない私にはさっぱりだ。

しかし中には、ある才能を持った男女を対象に小中等部から専門的な教育課程を組み込んだ学校も存在する。 それが大都市にしか存在しない魔道士育成機関、魔道学院とか魔術学院とか魔法学校とか呼ばれるものだ。名前こそ違うが、基本的に同じ。拳で殴ることを、拳打と呼ぶか痛打と呼ぶか強打と呼ぶかの違いみたいなもの。