私の住む自由都市ノルシュトロムは大陸5大都市のひとつ。 巨大な運河へと結ばれる水門そのものを都市中枢に置いた町は、それそのものが巨大な貿易港としての側面を覗かせる。事実この町は大陸の海路の中枢地点であり、商人や観光客を含めた多数の人々が訪れる。 それゆえに他の中小規模の町よりも仕事は多く、移住してくる人も同様に多い。

コンニチワーク職業紹介所は、そんなノルシュトロムに暮らす労働者たちの窓口のひとつであり、都市の自治組織が運営する公的な就業支援組織だ。 今日も今日とて、仕事を求める人たちが身なりや職歴や性別を問わず、窓のない箱のような建物を出たり入ったりしている。 入ってくる者の顔はおおよそ8割方が『生きていてすみません』という顔をしているし、出ていく者の約半数がテロリスト予備軍のような顔つきに変わっている。

人生は大変だ。 生きていくだけでお金が必要なんて、実はものすごく不便で不自由な気もするけど、お金無しでは生きられない。山奥や海辺で完全自給自足の、隠者のような生活をするなら話は別だけど。

私の名前はウルフリード・ブランシェット。16歳、狩狼官。今時は狩退治なんてする必要もないし、代わりに悪党を捕まえようにもそんなに出番もないので、生活スタイルはほぼほぼ無職。 出来れば喫茶店か映画館で働きたいと思って、今日はコンニチワークまで足を運んでいる。

コンニチワークの建物内は、窓もないせいで基本的に薄暗く、各部屋の中間地点に鉄製の格子とその前後を挟むように机が並べられ、天井からぶら下がった裸電球のオレンジ色の光が、空間の不気味さと陰鬱さを強調している。 職員は一様に瓶底のような分厚い眼鏡と黒いアームカバーを装着し、格子の向こうで山のように積まれた書類を手に取っては、この世の終わりみたいな溜息を漏らし、時折喉に絡んだ痰を床に直に吐き捨てている。

一度も行ったことがないから知らないけど、仮に刑務所とか留置所に入ったら、おおよそこんな光景が広がっていそうだな、そう思わせるには十分な異様な空気が漂っている。

「はい、次の人ぉ……はい、次の人ぉ! 次の人だっつってんだろ、このダボハゼがぁ! ぼけっとしてんじゃねえぞ、間抜け野郎!」 格子の向こうで、職員のひとりが顔も上げずに怒鳴り散らす。机の上に書類に万年筆をコツコツと一定間隔で叩きつけ、少し間を空けて対面に座った中年男に向かって、マグカップに入った飲みかけの水をぶっかける。 時に労働者に人権はないと揶揄されるが、働かざるもの食うべからず、求職者の扱いはそもそも人間ではない。一人前に扱われたければ、まず就職をしろ、そしてこんな場所に来るんじゃない。そんな苛烈なメッセージを言葉ではなく態度で示してくる。

実際はそんな見当違いの気遣いではなく、単に性格が悪いか、世話をする側される側に別れることで、勝手に自分を大きく見積もっているかのどちらかだと思うけど。

「はい、そこの若い女」 私に向かって、年の頃は50代半ば、カバを2足歩行させて人間の衣服を着せて白髪交じりの髪の毛を乗せてみた、そんな風貌の女が手招きしてくる。 その隣の席では、一体何があったらこんなことが起こるのか、求職者の若い痩せた男が髪の毛を鷲掴みにされて、格子をガシャガシャと鳴らしながら頭を叩きつけられている。 もう反対側の隣では、泣きじゃくる求職者の女が、頭の上から湯気立つコーヒーを注がれている。

このことから察するに、単純に逆らったら死だ。 決してまともに取り合ってはいけない。なにを言われても心を凪にして受け流し、さっさと紹介状を書いてもらって帰ろう。