私の暮らす自由都市ノルシュトロムは、大陸5大都市のひとつで巨大な運河へと結ばれる水門そのものに、都市中枢に置いて拡大させた海の面した町だ。そのため本格的に夏になると、主に南部や内陸からの観光客でごった返し、観光港や市場は大賑わいの様相を呈するけれど、意外なことに遠浅の砂浜は少なく、遊泳可能ないわゆる海水浴場は限られている。 限られるということは、必然的にそこに集中する人数も増えるわけで、要するに忙しいわけだ。
「……暑い」
気温はすでに30度、比較的涼しく気候穏やかなこの町にしては、ひどく暴力的な暑さだ。 神が実在するのかどうか知らないけど、神がいよいよ人類に対して腹を立てて、嫌がらせで暖炉に薪をぶち込んで、その上から灯油をぶっかけて、家ごと燃やしているのではなかろうか、と疑いたくなるような状況が、ここ数日続いている。
こんな日は喫茶店で扇風機の風でも浴びながら、キンキンに冷えた珈琲でも飲んで過ごしたいものだけど、あいにく私は珍しく忙しい。労働に対して積極的でもないし、さほど意欲的なわけでもないのだけれど、生きていくにはお金がいる。 そこで短期就労、アルバイトだ。
この時期は観光港にある料理店、海の家、ビーチの監視員、リゾートホテル、密漁、その他もろもろ、海沿いの仕事は猫の手も借りたいどころか、猫でも犬でも手がある生き物は片っ端から雇いたくなる忙しさだ。 その分、給金も割高で、短期でまとまったお金を稼ぐには持ってこい。なにせ1時間400ハンパートだ。下宿の家賃が2万ハンパート、食費その他含めた生活費も同じくらい。ちなみに喫茶店の珈琲が1杯100ハンパート。 単純計算12日で1月分、倍働けば2月分は稼げる。今月頑張れば、来月は寝てても毎日許されることになる。
私の本業は狩狼官だけど、この暑さでは悪党も熱にやられて籠ってしまうというもの。真っ当にこの種のアルバイトをした方が、遥かに実入りがいいのだ。
私の名前はウルフリード・ブランシェット。16歳、狩狼官。もとい海の家のアルバイトだ。
そういうわけで今日も今日とて、朝から海の家に向かっている。 日傘越しでも目が眩みそうになる。北部の森の中で育った私には耐え難い暑さだ。他のみんなは、特に傘も差さずに走り回っている配達員なんかは、一体どうやってこの暑さを凌いでいるのか。
「気合いだよ、気合い! 暑さでバカにならないとやってられないよ!」 こう語るのは契約先のアングルヘリング自警団事務所の所長。借金が膨らみ過ぎて、この夏は少しでも減らそうと道路工事に精を出している。