目の前で金貨や紙幣が豪快に舞っている。 薄暗い赤色混じりの照明で怪しく照らされた店内では、私よりもひと回りもふた回りも年を重ねた大人たちが、赤ん坊のように声を上げて泣いていたり、走り回ることさえ楽しい年頃の子どものように笑っていたり、街灯の消えた後の路地で寝転がる酔っ払いのように倒れてたり、とにかく酷い状況だ。 ここは歓楽街の一角にある、大人の大遊戯場。欲望と金銭が飛び跳ね合うカジノ。 当然、私のような先日16になったばかりの小娘には縁のない場所だ。
私がここにいる理由を説明するには、まず今朝のことから思い出さないといけない――
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「いつまで寝てるつもり? やる気ないの? それとも夢の国にでも引っ越したの?」
朝、実家のばあさんからのモーニングコールで目を覚ますと、下宿の前におじさんが落ちていた。 おじさんは文字通り、中年の、日々の疲労が色濃く残る、珈琲と煙草が似合いそうな、そんなくたびれた男だ。 数日前から住み始めた自由都市ノルシュトロムは、大陸5大都市のひとつで、その名の通り自由を重んじる商都だ。 誰でも資本とやる気さえあれば自営出来る商業的な意味での自由があり、住人には生活の自由が認められ、当然朝から酔っぱらって倒れる自由も認められている。主に女子学生が住む下宿の前というのは、ちょっといただけないけど。
「えーと、大丈夫ですか?」 まったく心配していないけど、行き倒れに声を掛けないのも人間としてどうかと思う。それに無視をしたことで変なトラブル――例えば数時間後に死んでいて犯人の候補になってしまうとか、実はこいつは過激活動家でこの後どこかに爆弾でも仕掛けてしまって共犯者に疑われるとか――そんな予期せぬトラブルが舞い込んでくるよりは、自分から声をかけてある程度舵を切って しまった方が安全だと判断した。
しかし、おじさんからは返事はない。 玄関に常備された防犯用の鉄の棒で軽く突いたら、うぅっ、と呻き声をあげるので、ただの屍ではないようだが、このまま放置してしまうのは危険な予感がする。 くるりと踵を返して、下宿の電話を借りて保安隊に連絡しようとすると、おじさんは直立不動の姿勢で寝転んだまま、 「お嬢ちゃん、すまないけど水をくれないか……あと出来れば熱い珈琲と煙草と軽く食べれるサンドウィッチかなにかも」 朝から贅沢な行き倒れだ。いや、季節柄まだ外寝には早い凍える夜を乗り越えた朝だからか。
「喫茶店なら隣の区画にあるから、そこで食べてきたら?」 「いいかい、お嬢ちゃん。そんな金のある男が、朝から路地に転がっていると思うかい?」 なるほど、確かに道理だ。 朝から喫茶店で食事を済ませて一服できる余裕のある人間は、冷たい地面の上ではなく、ふかふかなベッドの上で眠る。