私の名前はウルフリード・ブランシェット。16歳、狩狼官。 母の持ち出した狩狼道具を回収するために、タヌチャッチャ地方の大森林に来ている。タヌチャッチャ地方は元々タヌキの生息地で、そこにサキガケという東方からやってきた半人半獣の種族が住みつき、現在は神聖視している樹海を守っている。 そしてサキガケの若長ツキノワが所持している狩狼道具【剛腕のダッデルドゥ】だけど、色々あって彼本人の手により無残にも叩き壊されて、屋敷の中庭に鎮座する愉快に折れ曲がった腕形の置物と化してしまった。 なので、嘘泣きをして強引に返してもらおうと試みたけど、つい先ほどきっぱりと断られて、今はうどんを食べている。

それにしても、うどんというものを初めて食べたけど、麺はつるりと啜りやすく、汁はあっさりとしていて飲みやすく、これは今後も食べたくなる味と食感だ。後で作り方を教えてもらって、今度から下宿の朝食に加えるようにお願いしてみよう。 目の前のうどんには山菜が入っているけど、肉を入れても間違いなく美味しいと思う。

「もうすっかり日も暮れたから、今夜は泊っていくといい」

ツキノワの屋敷の余った部屋を用意してもらい、風呂に浸かり、お湯を溜めたタライに浸かるタヌキを撫でまわし、旅の疲れをゆっくりと癒す。 たまたま同じ自警団事務所と契約している元騎士の青年、レイル・ド・ロウンに連れられて来てみたけど、私がそもそも人のほとんどいない田舎で育ったからか、町での暮らしより森のほうが性に合っているかもしれない。 とはいえ、都会の便利さは何物にも代えがたい魅力があるのだけど。

体の芯まで温めて部屋に戻ると、ウサギのような耳を頭に生やした女、ダットサンが手招きしてきて、10人ほどの馬頭や牛頭やライオン頭など種類とりどりな、サキガケたちの宴会の場に案内してくれる。 レイルは酒に弱いのか、すでにすっかり酔い潰れていて、部屋の隅っこで虫のように転がっている。

「ヘイ、オジョーサン! お酒飲んじゃう? どーする?」 酒を勧めてくるのはダットサン。もしかしたらダットさんかもしれないと思ってたけど、正確にはダットサンさん。サキガケと私たちは元々扱う言語が異なるのか、喋りがそこかしこで片言だ。 でもそこがかわいいと思う、うさぎの耳の力も含めて。

「こら、子どもに酒を勧めるんじゃない」 そう諫めるのは若長のツキノワ。熊の頭に身長2メートルを大きく上回る巨躯、肌は黒鉄のような色で胸板に刻まれた三日月のような大きな傷跡。おまけに大型の機械を素手で叩き壊す怪力。見た目通りの、いや、見た目以上のまさに怪物だ。 ちなみに熊を触ったことはないけど、ツキノワの毛並みの触り心地は、例えるならば鉄だ。ごわごわと細かく隆起した金属を触ったらこんな手触りだろう。 もっと大型犬のようなモフモフ感を想像してたから、少し残念でもある。

「それでだ。実は君らに、といっても片割れは酔い潰れているが、代表して君に話しておかねばならないことがある。外が明るくなるまでは、屋敷から外へは決して出てはいけないということだ」 ツキノワが神妙な――私は別に熊の表情鑑定士でもなんでもないが、あえて例えるなら神妙な――表情で、屋敷の外と自分たちの姿を交互に見遣る。 「それにはまず、なぜ某たちが獣の顔をしているかを語らねばならない」 「あの、初対面の人間にそんな秘密めいたことを喋ってもいいの?」 仮にもし、他言無用な秘密だとしたら私だって聞くのは御免だ。話したら足を折って二度と森から出さない、なんて条件を後から付け加えられたりしても迷惑でしかない。

「安心しなさい。別に誰に聞かれて困る、というものでもない。事実、君の母君も、君らの暮らすノルシュトロムのお偉方も、他にも友好的な振る舞いをしてきた者など、存外大勢が知っていることだ」 ちなみにノルシュトロムというのは、私やレイルの暮らす町のこと。この森を出て、距離にして大陸横断鉄道で丸二日の地点にある大陸5大都市のひとつだ。

「某たちは300年ほど前にこの大陸の向こう、海を隔てて東の島国から流れ着いてきた。今では考えられないような血で血を洗う戦乱が繰り広げられ、土地は麻のように乱れ、水は川の上流まで赤く染まった。某たちサキガケは、この大陸でいうところの騎士とその家族のようなもので、戦で死ぬことこそ本懐だと信じて戦い続けた」 しかし、そうはならなかった。彼らは今こうして目の前で生きているし、つい先ほどまで食事を摂り、今も語りながら酒を喉の奥に流し込んでいる。