動物園は控えめに言っても天国だ。 飼育されている動物はどれもこれもかわいい、働いている飼育員はみんな親切、訪れている家族連れは笑顔で溢れている。 足を踏み入れたその瞬間から幸せな気持ちになり、帰る頃にはいつも胸の奥で寂しさを覚えてしまう。そんな冬の布団の中のような、夏の緩やかな川のような、或いはそれ以上の喜びと別れ難さがあるのが動物園という場所だ。

「帰りたくないなあ……」

空は晴天、仕事は無職同然、そんな天気と環境であれば誰もが動物園を訪れる、その選択肢を選んでしまうだろう。 目の前には虎、背後には狼の檻ともなれば、ずっとその場に留まっていたい、そんな願望が浮かぶのも仕方ないだろう。 実家から決して仲のよくない祖母が訪ねてくる、となったら尚更だ。

そう、今日は実家のばあさんが訪ねてくる。 ばあさんと言っても、あれは普通のばあさんではない。では、異常なばあさんなのかといえば、まあ分類してしまえば確かに異常なばあさんだ。

まず、世間一般のいわゆるおばあさんのイメージとは程遠い。老いてもなお180センチ近い上背、長い間ひたすら鍛え続けた筋力と技術を、その長い手足に乗せて最大限に活かすゴリゴリの打撃巧者。 その上さらに暴力の行使を一切厭わない狂った精神性が、老婆となって今もその強さを支え続けている。

加えて、口が悪魔にでも突然変異してしまったのかと疑いたくなる程、常日頃から暴言と嫌味を壊れた蓄音機のように発し続け、その対象は孫だけに収まらず、ありとあらゆる生き物すべてに向けられる。 あのばあさんと同じ部屋で過ごすくらいなら、工事現場の真横で眠る方が遥かに快適だ。

その2点だけでも憂鬱になる理由としては十分だけど、さらにばあさんは真っ赤に燃え続ける焚き木のような執念を抱いている。

私の実家のブランシェット家は、約300年前に悪くて知恵のある狼の腹を裂いた少女と、彼女と結ばれた狩狼官の末裔だ。 狼は命が途絶える間際、少女に呪いを掛けた。子々孫々まで受け継がれるその呪いは、子どもが生涯1人しか産めず、その子どもは必ず女の子である、というもの。

ブランシェット家の娘は代々狩狼官として育てられ、【狼を繋ぐ紐】、ウルフリードの名を継承して、狼に対抗するための道具を作り続けた。 300年の時を経て、強力な機械に改造された姿を変えた狩狼道具を持ち出したのが、私の母。つまりばあさんの娘だ。