いつの時代でも娯楽の中には暴力が存在する。 昔であれば魔女狩りだったり処刑だったり、少し昔であれば原生物や原住民相手のスポーツハンティングだったりして、現代であれば承諾した人間同士が殴り合う闘技場だったりする。 文明や技術のレベルが発展するほど、世の中は社会倫理を重んじる傾向にあるので、社会倫理をクリアできたものが闘技場くらいだった、ともいえるけど。
町の中央広場の隣にあるアーレンタルス闘技場は、自由都市ノルシュトロムの設立当初から存在する最も古い建築物のひとつであり、来訪者相手の観光資源である傍ら、現役の娯楽場としても今なお第一線の働きをする場所だ。 円形のクラシカルな造りは360度どの方向からも観戦可能で、中央で競り上がった金網に囲まれたリングでは、最前列の観客と同じ目線で戦いを繰り広げる。
いつの時代でも人間という生き物は血生臭い行為が好きなのか、客席は今日も8割ほど埋まり、売り子が売り歩く酒を飲み、屋台のモツ煮を食べ、財布の中身を盛大に賭けて勝負に挑む。 まったく昼間から賭け事なんて贅沢者だ、あるいは余程の暇人か、と人は言うけれど、みんな真剣な勝負師の目をしている。
そう、ここに遊びに来ているものは一人としていない。
かくいう私、ウルフリード・ブランシェットもそうだ。 自由都市ノルシュトロムに引っ越してきて1週間ほどになるが、今のところ仕事らしい仕事はしてないし、まとまったお金が入ってくる予定もない。 しかし予定は未定である。逆をいえば、予定が未定でその予定がないということは、これは確定と言えるのではないか。
即ちそういうことだ。 つまり、ここで大金を稼いでおきなさい、と告げているのだ。 誰が? 知らないけど、多分神とかそういうのが?
私は入場時に配られた試合の資料に視線を落とす。 そこには出場者のプロフィールと戦績、残酷な賭けの倍率が大きく記されている。
『レイル・ド・ロウン。聖堂騎士団序列4位。26歳、182センチ、76キロ。14勝2敗。倍率1.1』 騎士団は王都から派遣された治安維持全般を担う武装組織だ。その中でも冠に名前の付く騎士団は、騎士団本隊に分類され、町の治安維持に当たる警察隊や保安隊とは別種の、都市防衛や山賊の掃討などの本格的な大規模戦闘にも対応できる凄腕の実力者が揃っている。冠のある騎士団の4番目、弱いわけがない。
『イワーシュ・モレション。通称“フリーサンドバッカー”、35歳、177センチ、58キロ。0勝28敗。倍率396』 一方、自由な練習道具なんて不名誉極まりない異名を与えられた、連敗街道まっしぐらの中年痩せ男。戦績からして強いとは思えないし、特に20キロ近い体重差を覆すには相当な技術と運が必要になる。相手に勝っている部分があるとすれば、試合回数くらいだけど、戦績からして期待できそうにない。
なぜにここまで実力差のある組み合わせが成立してしまったのか不明だけど、ごく稀にそういうことも起こるらしい。 例えば対戦相手が急病や急用で来れなくなり、急遽都合出来た者が試合も組んでもらえないような噛ませ犬だったとか。 おそらく今回もそういうことだろう。