戦闘の上手い軍隊は効率よく敵を倒す軍隊だ。 戦争の上手い軍隊は戦後処理の上手い軍隊だ。 そういう意味では地球連邦という軍隊は、戦闘も決して上手くは無かったけど、どうやら戦争に関しても下手だったようだ。勝って当たり前の物量のごり押しで勝利した連邦軍は、それを言ってしまうと圧倒的物量差があるくせに戦いを仕掛けたジオン軍も戦争下手なわけだけど、連邦軍の戦後処理は無難だけれど杜撰だった。燻った火種を宇宙にも地球にも大量に残したまま、しかも火消しのための段取りをそもそも組める状態ですら無かったことが露呈した。 地球連邦と名乗ってはいるけれど、人類が宇宙移民を初めて80年経った現在においても、地球は一枚岩で纏まっているわけではなく、それまでの人類の抱えてきた様々な問題に蓋をしたまま集められた烏合の衆、というのが組織の実情だ。宇宙という共通の敵に対して手を取り合えるけれど、根っこの部分では人種問題、旧来の国家間の領土問題、軍隊内の派閥争い、企業間の勢力争い、その他にも小さな問題が塵も積もれば山となるように、世界を分かつ山脈のように連邦内部に横たわっているのだ。彼らは宇宙という空へと繋がる糸を締め付ける前に、まずは自分たちの足元の、瘤のように絡まった糸を解いておくべきだったのだ。
かつて暗黒大陸とも呼ばれ幾度となく踏み荒らされ見捨てられた大地、アフリカ。 連邦の統治の及ばぬ土地の多いこの大陸に、地球に残された大量の敗残兵たちが逃げ込むことになり、いつしか彼らはジオン残党軍と呼ばれることとなった。
キンバライド基地、南アフリカのダイヤモンド鉱山跡に建造中の基地で、アフリカ方面軍司令官であったノイエン・ビッター大佐の指揮の下、大陸内の残存勢力を徐々にではあるものの着実に集結させている。とはいえ、今すぐ連邦に対して牙を剥けるほどの戦力は集まっておらず、日々の軍事教練と機体の改修に取り組んではいるものの、みんな一様に歯痒い思いをしているのが実情だ。 そんな場所に兵器運搬用のトレーラーまで拝借して赴いたのは、私の背負ったでっかい荷物のひとつ、ジオン軍が開発した人型機動兵器モビルスーツ、その中でもジオンの代名詞である一つ目の機械巨人、ザクを始末するためだ。 しかもこのザクはただのザクではない。かつてジオンが共和国ではなく公国であった頃、宇宙の覇権を握っていたザビ家の中でも特に武に秀でた三男ドズル・ザビの専用機、となるはずだった機体で、終戦間際の激戦区ではジオンのエンブレムを描いたビームフラッグを掲げて、数多くとまでは言えなくも決して少なくない将兵たちを脱出へと導いた、要するに曰くつきの機体なのだ。 そのまま何処ぞに乗り捨てて地球連邦に回収されるわけにもいかず、かといって適当なジオン残党兵に譲るわけにもいかず、出来れば適切な人物の判断の下、原形を留めない形で改修してもらうか、バラバラに分解して部品にでもしてもらいたい。 その適任者が武人の鑑とも評される男、ノイエン・ビッター大佐であるわけ。 まあ、あるわけと断定するけれど、彼の判断なら後から文句も出ないだろうな、程度の意味合いなわけだけど。
「マイラ・フーカ、ブラッドレー商会の子会社、シャークトゥース運送社員。積み荷は北アフリカのジオン残党勢力から依頼された兵器と弾薬、それから食糧が数ヶ月分」 「はい。こちらが納品書と送付状です、出来れば大佐のサインが頂きたいんですが」 マイラ・フーカ、もちろん偽名だ。シャークトゥース運送、そんな会社は存在しない。一応書類上は存在するけれど、死の商人ブラッドレー商会が数年前に違法品の隠匿のためにでっち上げたペーパーカンパニー。もちろんこんな危ない橋を渡るには理由がある、元ジオン軍の兵士だ、なんて明かした日には、このまま補充兵として働かされるかもしれない。そうなったら私の終生隠しておきたい出自も含めて、色々と知られて面倒なことになりかねない。 幸いにも軍籍は終戦のどさくさに紛れて抹消済み、今の私はただの運送会社の従業員でしかないのだ。 「確かマイラとフカは東アジアでの鮫の呼び名だったな。中々に考えられた悪くない偽名だ、しかし遊び心が強すぎるんじゃないか、ジーナ・マスティフ軍曹」 背後から私の頭を何者かの手がむんずと掴む。決して体躯が大きいわけではないものの、貧しい食糧事情の中でも痩せ衰えることなく、それなりに屈強な肉体を維持している中年男。ここに来る前にデータベースで確認したから顔は知っている、ノイエン・ビッター大佐その人だ。 「あれ? 軍籍は消したはずですけど?」 「そうなのか? 地球のデータベースには載っているが? それに……」 大佐の背後に、名前は憶えていないけれど、どこかで見たような顔の男が直立不動の姿勢で立ち、私の顔を見下ろして静かに敬礼の構えを取る。 「君の地球での活躍は、そいつから聞かせてもらった」 どうやら北米かオデッサか、もしくは南米か、私が渡り歩いた戦場の何処かで助けたことがある誰かのようだ。後悔先に立たずとはこういうことだ、助けたことに後悔自体はしてないんだけど。
「……うまい。ちゃんとした珈琲を飲んだのは久しぶりだ。後で部下たちにも飲ませよう」 大佐の部屋は簡素で薄暗く、椅子や机にそれらしいものを使ってはいるものの、基本的には一般兵たちの部屋とそう変わりない。違う点といえば、決して多くない酒が棚に並んでいるのと、壁に戦時中に撮った写真と今は亡き総帥ギレン・ザビの肖像が飾られているくらい。贅沢品らしきものはほとんど無く、写真の下に並べられたダイヤモンドもおそらくは個人の所有品ではなく、鉱山跡から採掘した資金調達のためのものだろう。 司令官らしくない油と土で汚れたタンクトップ姿からも、この男が贅沢とは縁遠い暮らしをしていることが容易に想像できる。 「大佐ほどの方に褒めていただけると光栄です」 「お世辞はいい。むしろ感謝を言わねばならぬくらいだ。君も見た通り、この基地は資材も設備も乏しい。鉱山跡を発見できたおかげで、形だけ整えるのは難しくなかったが、今は兵も武器も足りていない。貴重なモビルスーツを運んでくれた君には、勲章を与えたいくらいだ」 大袈裟な、と思わなくはないけど、大佐の語った実情は大袈裟ではない。 基地内で整備中のザクは数機、ここに潜む兵の数も両手足の指で数えられる程度。連邦と戦うために各地の戦力を搔き集めている最中、モビルスーツが手に入るなら形だけの勲章なんて幾らでも渡しても構わないのだろう。 しかし私のザクは、ちょっと事情の込み入ったザクなのだ。
「それなんですけど、大佐。実はですね……」 私はトレーラーの中のザクのことを、自分の出自を一切合切伏せた形で説明した。
「……なるほど、ドズル閣下の。確かに君の懸念通り、連邦の手に渡ればプロパガンダに使われるだろう、一兵士が扱うには重たすぎる代物であることに異論はない。しかし、ドズル閣下の機体をこのまま闇に葬ることは私には出来ん」 「そうおっしゃるだろうなと思ってました」 生粋の軍人である大佐の回答は、当然ノーだ。それ以外の選択肢を持てるはずもない。彼は部下に慕われる武人であると同時に、多くの兵たちと同様にザビ家の信奉者でもある。ジオンの旗印ともなる機体の姿を変えてしまうことなど出来ない。 出来ないのだが、 「しかしだ、代わりがあれば話は変わってくる。あの機体はあくまでドズル閣下の専用機、となるはずだったもの。見方によっては虎の威を刈る狐、と思われてしまうかもしれない。であるならば、真にザビ家の血筋を持つ御方の専用機だったものが手に入れば、そのようなものを当てにする必要もない、とも考えられる」 大佐の言い分は確かにそうだ。あの機体はあくまでも開発のための実験機、ドズル・ザビが乗ったわけでもなければ、正式に専用機だと名乗られたわけでもない。 むしろ、お前がそのまま使えと譲られただけで、戦場での活躍を上乗せしても正式なものには適わない。 まあ、そんなものがあれば、の話だけど。ギレン・ザビもキシリア・ザビも前線で戦うような者ではなかった。 ソロモン要塞で最期まで奮戦したドズル・ザビのように、前線に出て戦うような者が他にいるわけが……
「君にひとつ頼み事をしたい。北米ニューヤークに眠る、ガルマ・ザビ大佐の専用機を探し出して欲しい」
いたわ、もうひとり。 ザビ家の表向きの末子、地球方面軍司令官ガルマ・ザビ。当時ジオンの占領地だったニューヤークの市民からも受け入れられ、支持され、結婚を誓い合った前市長の娘に弔い合戦をさせる程に愛されたザビ家の未完の大器。 彼が戦争を生き残っていたら、敗北という結末は変わらないまでも、戦後処理の形や残党軍の在り方がもう少しマシになったのでは、とも語られている。