昔々、この辺境の地に赤いビロードの頭巾がよく似合うかわいい女の子がいました。 ある日、女の子はお母さんのお使いで、村から離れた森で暮らすおばあさんの家まで、ケーキとワインを届けに行きました。 そこには悪くて知恵のある狼が待ち構えていましたが、たまたま通りがかった狩狼官のおかげで助かりました。 狩狼官というのは、危険な狼を駆除して近隣の村から報酬を頂くお仕事です。 もちろん知っていますよね。我が家は代々狩狼官の家系なのですから。
「聞いてる? ちゃんと聞いてる? それともミミクソでも詰まってる?」 「……聞いてるよ」
狩狼官に退治された悪い狼は、二度と悪さが出来ないようにお腹を鋏で切り裂かれ、石を詰められて縫われ、川に突き落とされて死んでしまいました。 だけど悪い狼は性根が根っこまで腐っていたので、最期の最期で女の子に呪いを掛けました。 子々孫々まで受け継がれるその呪いは、子どもが生涯1人しか産めず、その子どもは必ず女の子である、というもの。 当時は基本的に男が家を継ぐ時代でしたから、これは実質お家断絶と同じことなのです。
「これは歴史の授業でも言ったよ? 覚えてる? それともスカスカな頭には難しい?」 「覚えてるし、理解してるよ。家が断絶しちゃうから、呪われた女の子を嫁に貰う人がいなかったんでしょ」
女の子を不憫に思った狩狼官は、責任を取って女の子の家に婿入りしました。 狩狼官の名前はウルフリード。 【狼を繋ぐ紐】の異名を持つ、当時最高峰の狩狼官でした。 女の子の名前はメイジー・ブランシェット。 数年後には村中の男が振り返るような美人に育ちました。 それから300年、ブランシェット家は狼の呪いに抗う方法を探しながら、代々ウルフリードの名前を継ぎ、狩狼官として働きました。 ブランシェット家と辺境の地の者は、代々狼に対抗するための道具を開発し、いくつかは壊れ、いくつかは残り、時代の流れと共に改造され、より強力な機械の兵器へと姿を変えました。 それを家の外に持ち出して、世界中にばら撒いたのが先代のウルフリード。
「つまり、私の娘で、お前のお母さん。どうしてそんなことするんだろうね? まったく信じられないよ。きっと都会で悪い男に騙されたに違いないね! これだから男性経験の少ない女は嫌だよ! コロッと悪い男に引っかかる! きっとお前もコロッと騙されるよ! 今から名前をダルマにでも改名するかい!? ええっ!?」 「はいはい、もう100万回は聞いたから、その話」
私は激高して普段よりも一段と口汚くなるばあさんの話を受け流しながら、16歳の誕生日だからと肩にかけられた『今日の主役!』と書かれたタスキを脱ぎ捨てる。 ついでにわけのわからない王冠のような被り物と、冗談みたいにモサモサした髭のついた眼鏡も外す。
「おや、パーティー気分は終わりでいいのかい? じゃあ試験やっちゃう? 準備はOK?」 ばあさん――先々代のウルフリード、名前は知らないので11代目とかばあさんとかで済ませてる――そのばあさんは、表情を更に険しいものに変えながら、壁のドアを蹴り開けて、親指を肩越しに隣の訓練場へと向ける。
訓練場の入り口には、青色のどことなく犬っぽいものを連想させる形の右腕用の装甲と、同系色の連なった筒状の機械、同じく同系色の三角形の塊が置いてある。 ブランシェット家の狼退治の道具だ。もう何度も訓練で使ったことがある。何度もというか、何千回もというか。
私は腰まで伸びた赤毛を頭の後ろで括ってまとめ、ずしりと重量のある装甲を右腕に、筒を腰にぶら提げ、三角形の塊を左側の小脇に抱える。 子どもの頃から使い続けているから、自然と手に馴染む。馴染み過ぎて怖いくらいに。