人間は古来より太陽に、そして宇宙に憧れ続けてきた。 おそらく石をぶつけ合って火を起こし、石斧を握っていた時代からずっと、自分たちの遥か頭上に君臨し続ける太陽と空を、畏敬と憧憬を以って、神として見上げ続けてきた。 やがて人類は自分たちで神の領域にまで踏み込もうと、宇宙飛行を実現した。ボストーク、アポロ、神舟、アクシオム……歴史上数々の有人宇宙船が、地球の重力圏の外へと飛び出し、自らの故郷である青い星とその外に無限に拡がる広大な宇宙を眺めた。 西暦2045年には第1号コロニーの建設開始され、時は経ち宇宙世紀0001、地球連邦政府が宇宙移民政策を開始、人類はついに宇宙で暮らす神の領域に辿り着いた。 宇宙世紀0051、宇宙への移民人口が90億を突破した頃、地球連邦政府は宇宙移民の居住区コロニーの新規建設を凍結。思えばこの時を境に人類は地球人と宇宙人、アースノイドとスペースノイドのふたつに、居住地や暮らしだけでなく精神や魂の意味合いでもふたつに別れてしまったのだ。 その7年後、サイド3はジオン・ズム・ダイクンを首班として独立を宣言、更にその10年後、ダイクンの病死を機にザビ家が宇宙の覇権を握った。 宇宙世紀0073、デギン・ソド・ザビを王と据えたジオン公国は新型兵器モビルスーツを開発、技術力に於いて地球連邦の遥か先を歩んでいることを確信した。 そして宇宙世紀0079、地球への宣戦布告をしたジオンは自らの住処までも武器へと変えた。地球に向けて一基のコロニー、アイランド・イフィッシュを投下。幾つかの破片に分割したものの、それぞれが巨大な質量弾と化したコロニーは地殻を砕き、大気を引き裂いて、何十億もの地球に住まう人類の命を奪った。 同年3月、ジオン軍の地球への降下作戦開始。私、ジーナ・マスティフの地球での戦いが始まった。
宇宙史上最も激動であった年が終わりを告げる12月31日、私と元ヘルハウンド空挺部隊のハンス・グレイロック中尉、私たちを拾った臨時編成部隊ケルベロス隊は、ジオンの最後の砦、宇宙要塞ア・バオア・クーに居た。
「宇宙はいつもと同じなのに、新しい船の座席ってのは、どうにも落ち着かないね」 「そう言うな。これはこれで悪くない船なんだぜ」 などと言いつつも、どうにも座りが悪いのか、ハンス中尉は微妙な尻の位置を調整しながら、落ち着きなく座っている。 ザンジバル級機動巡洋艦、地上とソロモンでの功績を認められた我らがケルベロス隊の新たな旗艦。これはジオン軍総司令部からの期待の表れであり、今まで以上に厳しい戦いが予想されるア・バオア・クーを死に物狂いで守れという圧力でもある。 だからかケルベロス隊の面々の表情に喜びはない、私たちは餌を与えられたら喜んで尻尾を振り回すような、かわいげの残る犬ではない。ソロモン要塞での、ろくに援軍も送られない捨て石のような状況を味わってしまった今、本国への信頼は最早底値も底値、地獄の底を上げ底にして更にもと下、奈落の落とし穴に最下層。それが私たちの、口には出さないけど各々が腹の中で抱える、ギレン・ザビ総帥、キシリア・ザビ突撃機動軍司令官への評価だ。 「というわけで私たちは、主攻勢が予想されるNフィールドに配置されるが、むざむざギレンの盾になる必要はない。状況次第では味方の館を囮にしてでも逃げるぞ」 「いいの、隊長? そんなこと言っちゃって?」 ケルベロスの隊長、ダリア・ブラッドレー少佐は犬歯を見せながら、ニヤリと口元を歪めて、 「私は死の商人だぞ。戦争が終わった後の身の振り方は決めてあるんだよ、どっちが勝ってもいいようにな」 今までにない悪い顔をして笑ったのだった。
「お嬢、ハンス中尉、モビルスーツの改修終わったぜ」
副長のオルト・ハーネス少尉と整備兵に促されて、私たちがザンジバルのハンガーへと向かうと、大型の推進器を搭載した私のザクの背面部には、格納式のサブアームと複数の重火器を積んだブースター付きのコンテナが、ハンス中尉のスナイパー仕様のザクにはライフルの下部に実弾式の副砲と、それと連動して榴弾を射出する口径の大きなキャノン砲が、それぞれ追加装備として搭載されていた。 「どうよ、すごいだろ。格納庫にあったウェポンコンテナを使いやすく改良してやった」 「これ、重くならない?」 「撃ち尽くしたらサブアームごと切り離せるようにしてる。それに推進器も増設してるから、見た目に反してスピードは落ちてない。そこら辺は、ちゃんとお嬢に合わせてあるから安心しな」 ケルベロス隊の、特に整備班の腕は優秀といわざるをえないレベルだ。元々が死の商人、ブラッドレー商会の技術者たちで、さらに前歴でいえばジオニック社やツィマット社、MIPといった軍事企業から引き抜かれた者も少なくない。特にハンス機のスナイパーライフルを完成させた元カノム精機の技師なんかは、天才と呼んでも差し支えない突飛な発想と奇天烈さを支える確たる技量の持ち主だ。 「でもな、お嬢、中尉。俺たちは自分の腕をまだまだだと思ってる、ってことはだ、これからもいじらせてもらえる機体が無いと飯の種も腐っちまう。五体満足で帰ってこい、いいな」 「任せてよ」 嬉しいことを言ってくれる。これじゃあ、なおさら無駄死になんて出来やしないじゃないか。
「それとお嬢、ソロモンで面白い細工を見つけたからコンテナに載せておいた。どうしてもって時に使ってくれ」 「細工? どれどれ?」 コックピットに乗り込み、制御用モニターに目線を落とす。 なるほど、これはなんていうか、粋というか皮肉というか、使いどころによっては大きな意味を成すかもしれない。
「ジーナ・マスティフ、出撃するよ。ハンス中尉は分隊の方、お願いね」 「任された。無理はすんなよ」 「しないしない。そこまでの義理も使命感もないよ」
私は緊張で高鳴る鼓動を抑えながら、操縦桿に手を添えた。
戦場は悲惨そのものだった。 ソロモンを焼かれた意趣返しで、ジオン軍は和平交渉中の公国軍旗艦を巻き添えに連邦の主要艦隊を巨大な光、終戦後に知ることになるけどコロニーを1基丸々改造して作り上げた巨大なレーザー砲、ソーラ・レイで焼き払い、3分の1もの戦力と連邦艦体の総指揮官を葬り去ったのだ。 人類が太陽に似せて作りだした憎しみの光は、この場に集結した人々に災厄をもたらした。 結果、和平への道は完全に閉ざされ、双方の戦況は一気に泥沼へと変貌。4つに分割されたア・バオア・クーの各フィールドは、機械油と燃料と血を無限に垂れ流す、地獄へと姿を変えてしまった。 飼い主を消し炭どころか塵も残らないほどに消し去られた連邦兵たちは、怨念に憑りつかれたように攻撃の手を強め、Nフィールドを支える空母はなし崩し的に沈められた。私たちも武器弾薬が尽きて、これまで多くの敵を打ち倒してきた戦斧が圧し折れるまで戦ったけれど、それなりに突出した個人が奮戦したところでどうにかなる状況ではない。結局のところ戦いは数なのだ、これまでに局地的に勝利しても大局では負け続けてきたのと同じで。 共に戦場を守っていた獣の名を冠するマルコシアス隊も含めた多くの戦友たちは、自分たちの帰る場所を失い、EフィールドとSフィールドでもジオンは数倍以上の物量差を覆すことは出来ず大敗を喫した。 もう逃げる以外に道はない、そういうところまで追いやられたのだ。