「どうでもいいけど狭い!」

戦艦内に肉体労働者の弁当箱のように、ギッチギチに詰め込まれた戦車に戦闘ヘリに鹵獲した人型の機動兵器モビルスーツ。これらは私たちが北米の荒野や砂漠を駆けずり回って、遭遇した部隊を片っ端から叩いて潰して奪った戦利品だ。 戦利品は戦の誉れ、昔の地球人は斬り落とした首なんかを戦利品にしたそうだけど、今は人類が宇宙に移住して80年近く、そんな野蛮なものを戦利品になどしない。 今この地上における最適な戦利品は、捕虜と武器だ。 捕虜は正直なところ別に居ても居なくてもいいけど、武器、特にそれがモビルスーツともなれば味方の士気は上がり、軍上層部からの評価もいわずもがな上がるというもの。 この臨時編成部隊、ケルベロス隊のエースパイロット、ジーナ・マスティフこと私が尉官になるのもそう遠くないのでは、などと思ってしまう。 しかしだ、そんなことよりこの狭さはどうにかならないのか。 「……痛っ!」 荒野を駆ける陸戦艇、我らが旗艦ミニトレーの振動で落ちてきた鉄のボルトで控えめなこぶを作りながら、私は改めて振り回されて偏った弁当箱同然の艦内に目を向ける。

「隊長、これどーすんの!?」 「あぁ? 売るに決まってんだろ? もうしばらく待ってな」

隊長、ダリア・ブラッドレー少佐は元死の商人で、戦争が始まるまでは地球に宇宙に場所を問わず、紛争地帯を渡り歩いて、敵味方関係なしに武器を売ってきたという、なんていうか悪魔みたいな女だ。 そんな女が率いているケルベロス隊は、元々それぞれ別の部隊だった私とハンス・グレイロック中尉以外、元々彼女の私兵。副官のオルト・ハーネス少尉以下10名余りの兵隊たちは、長年同じ釜の飯を食ったブラッドレー商会の仲間たち。熟練の整備士から腕利きのパイロットまで、個人レベルでは過剰なほどに優秀な人材を抱えている。 優秀なのは私兵だけではない。彼女の古巣であるブラッドレー商会の輸送艦隊、彼らは非常に鼻が利く。ブラッドハウンドの異名も納得のその鼻で、戦場のにおいを嗅ぎ分けながら地球各地を駆けずり回っているのだ。 今この宇宙で最も商売になるのは激戦地である地球だ。特に北米はかつて地球連邦の一大拠点キャリフォルニアベースがあったこともあり、また南米ジャブロー攻略の足掛かりでもあることから、残党狩りも含めた敵味方入り混じっての激しい戦闘が続いている。

人類が宇宙に移住して80年近く、宇宙移民の代表を気取るジオン公国が独立を宣言して、地球に対して宣戦布告してから10ヶ月、人類は相変わらず血泥を歩んで血涙を流す歴史を、しょうこりもなく繰り返しているというわけ。

「おい、お嬢。ラジオ聴くか?」 「クールなロックでも流してるならね」 「残念、流れてるのはお偉いさんの国葬だ」 副長がお道化た身振り手振りをしながら、頭と体をわずかに傾ける。その勢いで館内放送のスイッチを入れて、お偉いさんの葬式をBGM代わりに流し始めた。

『……我々は一人の……を失った……これは敗北を……するのか? ……始まりなのだ! 地球連邦に……』

移動するミニトレーが電波を上手く受信できないのか、演説の聞き心地は最悪だ。仲の悪い隣人に嫌がらせで聞かせるのであれば満点だけど、狭い艦内の空気を和らげるためだとしたら0点を下回ってマイナスだ。 「ガルマ大佐の追悼演説か。よくもまあ、弟の死を利用できるもんだな」 ハンス中尉が吐き捨てるように呟く。演説の主である公国総帥は、数日前に亡くなった地球方面軍司令官ガルマ・ザビ大佐の兄。ザビ家の長兄で、反体制側からはヒトラーの尻尾とも揶揄される独裁者気質の男だ。 だから実の弟の死を利用してもなんら不思議ではないし、吐き捨てるほどの嫌悪感も感じなければ、かといって現実的な政治家だと好感を抱くこともない。 「ザビ家ねえ……」 あんなめんどくさそうな家に生まれたら、さぞ大変だろうな、なんて亡くなった坊ちゃんに同情してしまう。彼は聞くところによると部下からだけでなく、占領地のニューヤークの市民からも好感を持たれるような、有能な上に人間らしさのある一角の人物だったそうだ。 兄のドズル閣下と並んで、ジオンの軍人からの人気は高い。なにかと後ろ暗い長兄と姉とは種か腹でも違うんじゃないか、なんて陰で噂される程度には評価も別物だ。

「マフィアと王様、どっちがマシなのかね……?」

私を拾ったマフィア組織マスティフ家と弟の死でさえも利用するザビ家、なんていうか鉛の弾丸を頭に受けるか胸に受けるかの究極の二択のような絶望を感じるけど、まあこれだけは口が裂けても言えないから黙っておこう。