古来より王となる者は多くの子を成す。 かつて地球で多くの土地を奪った騎馬民族の王は、侵略した土地土地で子を成し、地中に根を張る樹木のようにその血を増やしていったという。 宇宙移民の王であるジオン公国の建国者デギン・ソド・ザビもまた、なにもない大地に種を蒔くかのように多くの母胎に子種を蒔いた。それは時の権力者の血族であったり、政治家の娘であったり、魅力あふれる才女であったり、はたまた平凡さが取り柄の女であったり、まるで宇宙に適合する種を造ろうとするかのように、己の血をあらゆる器と混ぜ合わせた。 そうして生まれた腹違いの5人の子たちが、父親と考えを違えたまま、権力と王の椅子にしがみついて反目し合うとは思いもしなかったのだろう。 誰とも相容れぬ独裁者の才能に秀でた長兄のギレン、対照的に武人肌で部下から慕われる三男のドズル、野心家で共食いまでした疑惑の残る長女のキシリア、儚くも命を落とした理想主義者の末子ガルマ、彼ら兄弟の均衡を保っていたと評される次兄のサスロは、10年ほど前に暗殺された。 末子を除くザビ家の互いへの確執は醜く強く根深く、私たち一般国民の耳に届くほどに父親が末子のガルマだけを溺愛したのは、自身の想像を遥かに上回る怪物と化した血脈への落胆がそうさせたのだろうか。 よくある話ではあるが、まったくもって不幸でしかない話だ。

そんなザビ家には隠された第6の子がいた。 王の気紛れか、それとも心安らぐ時間を求めたのか、末子ガルマがまだ幼い頃に王の子種がとある女に宿った。 しかし当時すでに不和の兆しを見せていたザビ家の実情を知る女は、王に告げることなく、また身籠ったことを誰にも悟られることなく静かに姿を消した。そして彼女の予想通り、数年後には次兄のサスロが暗殺され、首謀者が実の妹ではないかとの噂が流れた。 そして万が一のことを考えた女は、金さえ払えば危ない橋でも渡る運び屋を使って地球へと降り、風土病を患ってあっさりと命を落とした。残されたたったひとりの娘は、そのまま運び屋の雇い主であるマスティフ家に引き渡され、血生臭さをその身に染み込ませながら育てた。 娘の養父ロットワイラーは、父親を探してやろうと思い立ち、不運にも女の隠し続けてきた秘密を知ってしまった。

「そうして娘を罠に嵌めて逮捕させ、刑務所の中で安全に暮らしてもらおうと考えたわけだ。しかし政治とも権力とも無関係な檻の中に隠した娘は、奴の意に反して恩赦を求めて軍に入隊。ザビ家に近づいてしまうことになった」 「で、地球に降下したところをあんたたちが保護した、と」

荒唐無稽な話に心がささくれ立ってしまったのか、隊長であるダリア・ブラッドレー少佐に対する口調がいつもより強まる。元死の商人でならず者同然の私兵たちを束ねる彼女は、部下の口の利き方ひとつで激昂することもなく、静かにふっと息を吐いて、 「いや、それは完全に偶然だ。マスティフなんて苗字の兵隊を拾ったから、貸しのひとつでも作っておこうと思って、お前の実家に連絡してみただけだ。まさか恩を売るどころか、どでかい買い物をさせられてしまったとはな」 珍しく眉を八の字にしてお道化てみせた。 どうやら件の荒唐無稽な話は、それこそ南米から脱出した後に立ち寄った中米辺りで知ったそうで、養父から宇宙に返さずに地球でどさくさに紛れて行方不明にしてくれ、と頼まれたのだ。しかし戦局が大きく傾いていく中でブラッドレー商会そのものも立場は危うく、彼女自身も戦いと稼ぎを求めて宇宙へと上がる身、苦肉の策で地上に残る闇夜のフェンリル隊に、その疑いがわずかに有りと軽い方へと偽って預けようとした。 彼女の誤算は狼の頭目が自己判断に重きを置いていたこと、それと、 「マスティフ家も、どちらかというとジオンに寄っていたからな。地球連邦からの報復を恐れて宇宙へと逃げやがった」 厄介な荷物を返す前に、持ち主が地球を捨てて宇宙へ上がってしまったこと、そして、 「連邦の諜報員の間で、ザビ家の末子はガルマではないのでは、なんて噂が流れているそうだ。まだ性別も身元も特定されてない、まさしく噂程度のものだが、風の噂は時に嵐を呼ぶからなあ」 マフィア風情が調べられることは、軍隊は当然調べられるのだ。本腰を入れられたら、マスティフ家まで辿り着くのも時間の問題だろう。

「こうなっちまったからには、誰にも知られないよう、私とロットワイラーが口を堅くするしかないな。まさか前線で兵隊やってるなんて思いもしないだろうから、終戦までは大丈夫、と思いたいな」 むしろザビ家の耳の届かないことを祈りたいが、なんて笑えない冗談まで付け加えられた。

正直まったく信じていないが、もし本当だとしたら運命というのは奇妙なものだ。 というのも、私の愛機である突撃仕様のザク。これは元々、宇宙攻撃軍総司令官ドズル・ザビ中将の専用機開発のための試験機のひとつだからだ。私が戦いの中で蓄積したデータは、ブラッドレー商会を通じて本国のジオニック社に送られ、今頃は他の試験機たちのデータと併せて、おそらく全く別物の、もしかしたら意外と近い形で、完成を迎えていることだろう。 奇しくも私は、兄の機体の兄貴分、悪趣味にいえば兄機を使っていたというわけだ。笑えないにも程がある。

宇宙要塞ソロモンは、宇宙要塞ア・バオア・クー、月面都市グラナダと共にジオン公国の本拠地サイド3を守る重要拠点のひとつだ。 マルコシアス隊と共に宇宙へと戻った私たちケルベロス隊は、特別機動軍の艦体に拾われ、彼らの本拠地であるグラナダにも、またサイド3にも寄ることなく、宇宙用の装備と共にソロモンへと運ばれた。 サイド3で果たすべき戦友との約束はあるものの、ソロモンを守らなければサイド3がどうなるかもわからない。あそこは私にとっても故郷だ、連邦には悪いけど故郷の地を踏み荒らすような真似をさせるつもりはない。 なんて意気込んでみるけど、私の故郷3バンチ・マハルは戸籍も持たないような貧民で溢れた貧乏コロニー、踏み込まれたところでって感は拭えない。いやいや、それでも故郷は故郷だから。この宇宙に、例えどれだけちっぽけでも、好き勝手に焼かれても構わないものなど無いのだ。

「そうだ、お嬢。あんたの機体、これまでの無茶のせいでだいぶガタがきてたからな、こっちの設備で修理しといたぜ」 「うん、ありがとう」 ケルベロス隊の整備兵は宇宙用への調整がてら、気を利かせて修理もしてくれた。思えば彼らの愛機の多くは陸戦型、地上に置き去りにしてしまったモビルスーツも決して少なくない。残された機体として、隊の外から持ち込まれた私のザクに対しても、自分たちの愛機と同等の愛着が湧いているのかもしれない。 少し鼻歌を歌いたいと心持ちでハンガーに向かったその時、要塞内にも差し込んでくる光と、宇宙で起こるはずのない地震のような衝撃がソロモンを襲った。 これは終戦後に知ったことになるわけだけど、連邦軍はソーラシステムという巨大な虫眼鏡のような兵器を用いて、文字通りソロモン艦隊と要塞右翼を焼いたのだ。 そして残酷な光の後ろから大量のモビルスーツ隊で強襲、司令部にソロモン放棄を決断させるほどの威力を見せつけた。

「ねえ、今のなに!? なにが起きたの!?」 「わからん! でも、あんたの機体は準備万端だ!」 ハンガー内の整備兵たちも混乱していた。なんせ開戦の定石である艦隊同士の砲戦を仕掛けてくると信じ、それ用の準備と対策をしていたところに、思いも寄らない攻撃を受けたのだ。 彼らに出来ることは目の前の機体の整備を完了して、次々と混沌の中へと送り出すだけ。それを必死に成し遂げようと、頭を急速に、冷却材でもぶっかけたように覚まして、今は決戦兵器とでもいうべき大型のモビルアーマーに着手している。 「なんでこんなところに女、しかも子どもがいるのだ!」 その巨大な、蟹の胴に足をつけたような異様な兵器に思わず見とれていると、背後から異様な兵器と合わせたかのように、いや、むしろ兵器を彼に合わせたかのような、身の丈2メートルを超す巨漢に大声で呼び止められる。 その風貌、風体は何度も新聞やテレビで見たことがある。ジオン公国の民では知らぬ者のいない猛将、策謀家として知られるザビ家には珍しい武人、ドズル・ザビその人だ。 「ケルベロス隊、ジーナ・マスティフ軍曹であります!」 「敬礼などいい! 女と子どもは早く逃げろと……ケルベロスだと? そうか、貴様が俺のテスト機を使っている猟犬か!」 どちらかというと小柄な私を、遥か上から見下ろすドズルの瞳に戸惑いと悲しみに似た表情が浮かぶ。 「俺は、何億人ものミネバを殺してしまっただけでなく、こんな子どもまで戦場に行かせてしまったのか……」 この戦争の正確な死者は不明だ、不明というより未だに戦死報告が上がり続けている状況なので数えようがない、というのが正確なところだが、開戦当初に落としたコロニーによる被害だけでも10億人とも、さらにその数倍にも及ぶとも言われている。その暴挙を立案したのは、おそらく長兄のギレンだろうけど、総司令官の彼が関わっていないわけがない。 ミネバは最近生まれたばかりの娘の名前だ。何億人ものミネバ、というのはそういうことなのだろう。彼の心に今もなお深く傷跡として残っているのだ、おそらくだけど。