「起きて半畳、寝て一畳、だけども商売は繁盛していたい!」 そう語ったのは家具職人の祖父で、金があるならどんどこ贅沢をするべきだと反論したのは飲んだくれで博打好きな父だった。 私はどちらの言い分もまあ確かにと飲み込めるところもあるし、でも生涯というものは針の上に乗せただけの板切れのようなもので、いつどうなるかわからないのだから、なんて考えると祖父の言い分に頭の中の天秤が傾くし、どうせ没落するなら金のある内に味わっておこうとも考えたりしてしまう。 「マリネッリ君、はやく進路希望を出すように」 堅実な職業か、それとも一発逆転を狙う博打のような生き方か。 義務教育期間を間もなく終える私は、その時まさに将来を決める分岐点に立っていた。
「はい、先生、質問です!」 「なにかね、マリネッリ君」 教師は偉そうに伸ばした口ひげをピンと指先で摘まみながら、少し胸を張る姿勢で身構えた。生徒の悩みに答えるのは教師の役目だ。本来は学問と運動訓練と基礎宗教だけ教えればいいので、生徒の進路指導などする必要もないのだけれど、私の暮らす町は実は結構危ういバランスの上で成り立っている、まさに針の上に乗せた板切れのような場所なので、若者を正しく導くのが住民すべての財産になるのだ、と以前語っていた、確か自習の時間に暇潰しがてら。 なにせ我らが町オルム・ドラカは、対人間の最前線基地でもある。といっても弓矢や鉄砲がひっきりなしに飛んでくる、なんてことはなく、私の知る限り10年くらい前に小規模な小競り合いが町の入り口で起きたくらい。要するに平和でのんびりした普通の町、ただし時々場合によりけりなのだ。 そんなもんで、私にとっては人間との小競り合いよりも将来の進路の方が重大なので、今からする質問は町の防衛よりもずっと意味がある。
「将来安泰で実入りもよくて、適度に贅沢も出来る仕事って何ですか!?」
堅実と贅沢、どちらにも天秤が傾くなら両方を選べばいいのだ。二兎追うものは一兎をも得ず、なんてことわざがあるらしいけど、優秀な猟師は3本の矢を同時に放って鳥と兎と魚を仕留めるらしい。まさに1本の矢では不安だけど3本揃えばってやつだ。 もちろん私は優秀な猟師ではないので、なにを馬鹿なこと言っとるんだね、と返されても仕方ない。しかし将来は優秀な猟師になる可能性もゼロではないのだ、なるつもりは今のところないけど。
「ふぅむ。であるならば、やはりこれしかないだろうね。ずばりドラゴン様への奉仕者だね」
「……ドラゴンっすか?」 「様を付けたまえ。君は基礎宗教の授業中、居眠りでもしていたのかね」 教師が口ひげを摘まんだまま、直立不動の姿勢で足を動かさずに、ずずずいと滑るように近づいてくる。こういう動きをしている時は、この教師が怒っている証拠だ。模範的な大人であるために怒鳴りこそしないが、その怒りは一切出さないわけではない。ちゃんと形として表現してくる、それが直立床滑り移動なのだ。 「すいません、ドラゴン様です」 「よろしい。相手次第では頭を鈍器で本気でかち割られるから気を付けなさい」 頭はかち割られたくないなあ、ましてや鈍器で、しかも本気で、と素直に教師の言葉を飲み込んだ。
ドラゴンもといドラゴン様。
この世界の頂点に君臨する生物。世界はドラゴン信仰者とそれ以外に二分されていて、人間が想像した妄想上の創造主が神であるならば、私たちの現実の支配者はドラゴン様。どっちが上かなんて考えるまでもなく、想像上の存在は現実の子犬にも劣る、という事実の通り、ドラゴン様が上であることは悩むまでもない。むしろ悩んだらしょっ引かれるかもしれない、不敬罪とかで。 超常の存在はまさしく頂上に存在しているわけで、オルム・ドラカの築かれた地の果てまで続く窪地は、かつてドラゴン様同士の争いの傷跡といわれているし、ドラゴン様はオルム・ドラカの中心地区、許された者以外は踏み入ってはいけない禁足地で暮らしているらしい。 ちなみに人間たちはドラゴンといえばでっかいトカゲが火を吐く姿を想像するけれど、あれは鳥でいうところの文鳥のような種族で、文鳥と駝鳥が同じ種類の生き物とは思えないように、ドラゴンにも色々と種類があるらしい。 らしいばっかりなのは、私たちは物心ついた時からドラゴン様のことを教えてもらうけれど、一度として見たことがないから。見たことないものを、そうだ、と断言する素直さは私には身につかなかったみたい。両親も祖父もさぞ嘆くことだろうよ。
「ってーわけで、私はドラゴン様への奉仕者になることにした!」
その宣言を聞いた祖父も両親も、性格こそ対照的なれど根っこの部分では敬虔なドラゴン信仰者なので、涙を流して喜び、天井にぶつかりそうな勢いで胴上げわっしょいわっしょい、夕方には近隣住民総出でどんどこどんどこわっしょいわしょい、なんだか一瞬ですごく偉くなったような扱いを受けたのだった。 立場が人を作るとはこういうことなのか、正直よくわからんけど。