過去を振り返ると碌なことがない。
というのは、我らが部隊の優秀な狙撃兵で第2分隊の隊長、ハンス・グレイロック中尉の口癖だ。 彼も含めて、私が現在所属するケルベロス隊にはいわゆる脛に傷のある奴が多い。私は幼い頃に孤児になって、マフィアの家系に拾われて、その流れに身を任せて重犯罪者、もちろん脛にはでっかい傷がある。ハンス中尉はヘルハウンド空挺部隊の隊長を務めたけど、口は悪いけど面倒見がいい副隊長の軍曹が、どういうわけか彼らしからぬ妙な事故を起こして新兵8人が死亡。それまで順調に歩んできた輝かしい経歴に大きな傷を残した。 「昔のことは忘れることにしたんだ」 本人はそう語るけど、喉に魚の小骨が詰まったような、そんな違和感と不信感は拭えていないのか、たまに小難しい顔をしながら遠くを見つめている。 「中尉、まーた小難しい顔して、うんこでも我慢してんの?」 普通の軍隊では軍曹風情がこんな舐めた口を利いたら、有無を言わさず銃殺刑だ。でも、この部隊は隊長のダリア・ブラッドレー少佐の流儀で、軽口も悪辣な言い回しも、仕事の邪魔にさえならなければなんでも有り。育ちと行儀の悪い猟犬たちに人間の規則を押し付けてどうする、ということらしい。 誰が犬っころだ、この部隊随一の猟犬、ジーナ・マスティフに噛みつかれたいのか。
「あっち見てみろ、妙なモビルスーツが戦ってる」 「へー、どれどれー……って、なにあれ?」 中尉の指差した方向に望遠鏡を向けて、レンズを覗き込むと、砂漠のど真ん中に築かれた補給基地の前で、荒涼とした砂漠に似つかわしくない白と青を基調としたカラーリングの人型機動兵器が、ジオンのザクとグフの混成部隊を相手に短いビームダガーを振り回しながら、次々に斬って捨てている。 初めて見る機体だ。もしかして、あれが噂のガンダムというやつなのか? 性能は明らかに、あの戦場の中で一番高い。特に運動性に関してはレベルが1段も2段も違う。私のザクも大型の推進器を増設した、速さと移動力に特化させたスピード自慢だけど、直線的な動きならまだしも、身のこなしとでもいうべき細かい動きに関しては、ちょっと追いつけそうにない。 おそらく、あと数分もすれば相手を駆逐してしまうだろう。 「連邦、モビルスーツ開発では後手後手に回ってたのに、性能は上を出してくるよね」 「物資が桁違いだからな。こっちは所詮貧乏所帯だ、軽い財布で必死にやりくりしてるが、向こうはでっかい金庫を抱えてる。数ヶ月前まで局地的には負けても大局では勝ってたのが、今は五分五分にまで持ち込まれてる。あれと戦ってるのは、どこかの戦場で敗走したはぐれ部隊だな、兵站の流れが繋がってない」 確かに連邦の補給基地を攻めているのに、この辺りにジオンの拠点となる基地は無い。かといって代わりとなる戦艦や陸戦艇も見当たらない。 でも、ここでその補給基地が支援に駆けつけたら、天秤は大きく傾く可能性もある。
「中尉、私たちが乗り込んだから、そのはぐれ部隊も助けられて新型も叩き潰せて、一石二鳥ってやつじゃない?」 「いや、奴の相手はあっちに任せよう」 「あっち?」 他に部隊がいるとでもいうのだろうか。もしもいたとして、だったらなんで今すぐ加勢に行かないのか。 「俺たちと同じように見張ってる猟犬共がいる。あのやり方には覚えがある、ウルフ・ガーの連中だな」 「あ、ほんとだ。見慣れない機体とザクが数機、基地を挟んで反対側に潜んでる」
ウルフ・ガー隊。 特殊な経歴の持ち主を集めた小隊で、その経歴というのは私たちと似たような、簡潔にいえば元犯罪者。 隊長はクーデター未遂事件の嫌疑を掛けられた政治犯、副隊長はその友人で同じく嫌疑を掛けられた空挺部隊の元教官。他にも殺人犯に強盗犯、中には経歴は真っ白だけどわざわざ志願した変わり者もいるとか。
「詳しいね、お友達でもいるの?」 「元部下がいる、空挺部隊の時のな」 なるほど、それで動き方や戦い方に心当たりがあるのか。狙撃手だけあっていい眼をしてる、顔と名前をあんまり覚えられない私とは大違いだ。 「隊長のヘンリーは一言でいうと仕事人だな。何度か一緒に酒を飲んだことがあるが、頭の切れる男で、酒が入っても冷静さを保てる奴だが、腹の底に一物抱え込んだような危なっかしさもあった。あと、すっげえ老け顔だ、顔に苦労が滲み出てる。副長のマーチンは粗暴な野郎だったが、部下思いで仕事も出来る、でも馬鹿野郎だ。くだらない喧嘩で左目を潰しちまうような、頭に血が上ると一線超えちまうような馬鹿だから、落ち着いた誰かが手綱を握ってやらないといけない。そういう意味では、ヘンリーと組ませるのは悪くない判断だな」 中尉が毒っ気混じりの饒舌で教えてくれる。マーチンという男とは過去に因縁ありといった感じだけど、そこは深く聞かない方がいいような気もするし、そもそもそこまで興味はない。話せば聞くけど、話したくなければ知らないでもいい、それくらい。 「で、腕の方は?」 「見てのお楽しみ、ってところだな」 「じゃあ私たちは狼のお手並み拝見といこうか。総員、戦闘準備をしながら待機!」 いつの間にか甲板に上がってきていた隊長が、通信機に向かって吠える。 私たちの現在の任務は中央アジアを東から西へと移動する敵部隊の撃破、基地を落とせとは命じられていない。もちろん落としたところで手柄が増えるだけなので、別に落としても構わないけど、他の隊の獲物を横取りするような無粋な真似もしない。 猟犬には猟犬の流儀がある、狼には狼の流儀があるように。
結局その日は、ウルフ・ガー隊は小規模な戦闘を繰り広げたものの、敵の性能を見定めるように深追いはせずに撤退。後退中に連邦側の支援砲撃に巻き込まれた死者が出たのは、予想外の事故だったのだろう。
「奴らの行動を先読みするとしたら、動くとしたら夜、それも嫌らしいタイミングで仕掛けるだろうな」