この世には嫌なことや惨めなものは沢山あるけど、中でも敗残兵ほど惨めなものは無い。 それは局地的に勝っている部隊でも同じで、損傷も負傷も軽微なれど兵站が繋がってくれないせいで弾薬も食糧も不足してくるため、じわじわと泥沼に足を取られるように気力を奪われていく。 元気はあれども飯がない、みたいな状況なのだ。 地球での重要拠点のひとつオデッサを失ったジオン軍は、司令官が指揮系統の指示も放り出して宇宙に還ってしまったため、混乱の渦の中を右も左もわからずに敗走。丘陵地帯での戦闘で勝利を挙げたはずの私たちケルベロス隊も、大局での敗戦の巻き添えを受ける形で撤退を余儀なくされた。
「でもまあ、こうやって無事に脱落者なく逃げれたんだから、ブラッドレー商会様様だねー」 私たちの隊長は元々死の商人だった。宇宙と地上の両面で戦場の臭いを嗅ぎつけるブラッドハウンド、ブラッドレー商会の輸送船は少しでも戦闘が長引くようにと地球連邦軍にはもちろん、後退するジオンにも武器を提供し、更には行き場のなくなった兵隊たちの搬送まで買って出たのだ。 もちろん彼らは悪徳商人だから、決して慈善事業ではない。搬送費用はもちろん請求するし、払えなければ貸しという形で後々倍以上に搾り取る。場合によっては捕虜として敵対勢力に売り渡すことくらいは平気で仕出かす連中だ。 そんな連中の輸送船で、呑気に寝転がりながら安穏と過ごせるのは、偏に隊長のダリア・ブラッドレー少佐がブラッドレー商会の重鎮で家族だから。ケルベロス隊の多くが、副官のオルト・ハーネス少尉含めて彼女の私兵上がりでブラッドレー商会の社員でもあるから。 私、ジーナ・マスティフ軍曹と部隊でも随一の狙撃手ハンス・グレイロック中尉は元は余所者だけど、今では同じ釜の飯を食らう仲間だ。家族や仲間とそれ以外のきっちりとした線引きは、私たちにとっては優位に働いてくれたというわけ。
「狼共はユーコン艦隊と一緒に逃げ延びたそうだ」 「へー、お互い悪運が強いね」 「お前の悪運は我がブラッドレーの血のおかげだがな」 隊長がワインを飲み干して、猛犬のような笑みを浮かべる。 オデッサで私たちと共同戦線を張ったジオン軍の特殊部隊、闇夜のフェンリル隊も悪運強く、以前懇意にしていたユーコン艦体で海の底に潜りながらも生還を果たした。 同じ軍人同士、それも地球を主戦場にする者同士、奇縁あればまた出会うこともあるだろう。その時はのんびり茶を飲む余裕くらいはある、生温い戦場であって欲しいものだけど。
などと思っていたのが2週間ほど前、私たちケルベロス隊は今や連邦軍のブラックリストの2番目に載っている悪食の猟犬部隊だ。そんな生温い場所になど行くはずもなく、目の前には大量のモビルスーツに戦車、要所要所に陣取るトーチカ、そして南米特有の鬱蒼とした原生林。 そう、私たちは連邦軍の最重要拠点、南米ジャブローへと派遣された。 それはブラックリストの1番目を飾る連邦にとっては頭痛が止まないほどに悪名高い狼、闇夜のフェンリル隊も同じだった。
「もしかして、ジーナ・マスティフ軍曹? あなた達もジャブローに来たの?」 「そういうあなたはシャルロッテ・ヘープナー少尉ですよね? その節はどうも」 連邦の布陣から離れた場所に建てた天幕の下で、私が苦い珈琲を飲んでいると、短めの赤毛を真ん中で分けた美人士官に話しかけられた。それは共に地雷原を駆け抜けた闇夜のフェンリル隊のシャルロット少尉で、件のブラックリストの件もこの時に教えてもらったのだ。 「苦っ! よくそんな珈琲飲めるわね……」 「形から入るタイプなんで。ところで闇夜のフェンリル隊もここにいるってことは、ここが本命なんですかね?」 「さあ。でも地下施設があるのは確かなはずよ、それが司令本部と繋がっていてくれたらいいけど」 ジャブローは拠点の大部分を地下に配置していて、広大な原生林の何処かに地下への入り口、向こうからしたらモビルスーツや戦車の搬出口があると睨んでいる。ただ、そのどれが本部と繋がっているかは出たとこ勝負で、私たちは運を天に任せて森の中から突入する腹積もりだ。 中には水中から潜入する部隊もいるそうで、そのために新型の水中用モビルスーツも用意されたのだとか。 私たちは相変わらずザクを使っているけど、まあ特に不満はない。ぶっつけ本番で乗り慣れない機体を操るよりは、性能で劣っても安定感のある機体に命を預けた方が死ぬ確率が減る。 「フェンリル隊は新型が回ってきたんですね」 「そうよ、ドムが回ってきたの。乗るのは私じゃなくてニッキだけどね」 ドム、ジオンの新型モビルスーツ。脚部に熱核ジェットエンジンにホバークラフトの技術を応用することで、重力下での高速移動を可能にした優秀な機体だ。兵たちの中ではザクやグフに代わる主力と考える者もいるし、これを愛用した黒い三連星が連邦の木馬部隊に敗北したことから、今乗るのは縁起が悪いと嫌がる者もいる。 ちなみにニッキというのは、闇夜のフェンリルの隊ニッキ・ロベルト少尉。シャルロッテ少尉よりいつも先にモビルスーツを宛がわれるからか、彼女からライバル視されている。
「お嬢さん! そろそろ出撃の時間ですぜ」 「お嬢! 隊長が呼んでたぜ、出撃準備だってよ」 フェンリル隊のスキンヘッドの、いかにも歴戦の軍人といった風貌の男と、ケルベロス隊のいかにも山賊といった面構えの男が、似たようなタイミングで私たちに声を掛ける。 「マスティフ軍曹、今度は珈琲に砂糖とミルクを入れておいてね」 「はい、お互い生き残りましょう」 私たちはお互いの拳を軽く合わせて、それぞれの愛機へと歩を進めた。 向こう側から呼び方に不満を漏らす声が聞こえてくる。でも私はいうまでもなく、少尉も見たところ未成年で、おっさんからしたらまだまだお嬢ちゃんな年齢だ。背伸びしたって仕方ない、舐められたくなければ戦果で示してやればいいのだ。
自画自賛するわけでもないけど、連邦からしたら相当嫌な部隊だと思う。 ケルベロス隊は私の突撃仕様のザクを筆頭に、攻撃力と突破力に偏った部隊だ。こういった原生林での戦いにおいては突破力と進軍速度がものを言う。予想外の速さに面食らっている頃だろう。 一方で闇夜のフェンリル隊は、安定感のある全状況下で強い精鋭部隊。一対一の戦闘においては数より質がものを言う、ジャブローの守備隊では一歩も二歩も後れを取らざるをえない。 「お嬢、見ろよ、あれ。すごいな」 「へぇー」 ケルベロスの隊員に促されて視線を向けた先では、フェンリル隊のドムがマニピュレーターで敵のコックピットを、まるで格闘技のボディ打ちのように貫通させていた。もしかしたら指関節を中心に、装甲板を追加しているのかもしれない。なんにせよ見事な腕前だ、惚れ惚れする。 「いいな、あれ。後で私のザクの拳にもスパイクつけてよ」 使う機会があるかはわからないけど、戦闘での選択肢は多いに越したことはない。戦斧を振り抜いた後の追撃程度には使えるかもしれない。
「こちらハンス、地下格納庫らしき場所を発見した。応援を寄越してくれ」 「こちらニッキ、地下施設への入り口らしきもの発見。突入を開始する」 そうこうしている内にお互いの先行部隊が、入り口らしきものを発見した。さて、どっちが当たりか。それともどちらも外れか。出来れば当たりであって欲しいところだけど。
ハンス中尉と合流した私の眼前で、地下格納庫の扉が開き、中から大型の陸戦艇ビッグトレーが飛び出してくる。 どうやら私たちは外れ、しかし相手は本命と遜色ない大物だ。ビッグトレーの中からは陸戦型のガンダムとでも呼ぶべき、ツインアイのモビルスーツがその姿を現す。砲座にもなりそうな盾に、ミサイルランチャーに長身のキャノン砲、それだけでも厄介なのに一撃で刈り取れないほどに装甲が硬いのだ。 それが3機も同時に出てきたのだから、緊張感はこれまで以上に強まる。思わず背筋に冷たいものが走り、操縦桿を思いきり引いて上体を仰け反らせる。 陸戦型はビーム式の剣まで持っていた。こっちは熱した斧で野蛮人みたいな戦い方してるというのに、連邦の技術はいつの間にかジオンより随分先に進んでしまってるじゃないか。 「でも大事なのは腕だから!」 突きを避けられて振り被り直した陸戦型に体当たりして、体勢を崩したところに戦斧の柄の先をコックピットに叩き込む。頑丈とはいえ至近距離でそんな一撃を受けたら一溜まりもない。装甲を大きく歪ませて、さらに柄の先端の突起を打ち込まれた陸戦型は、コックピットから血と油の混じった液体を垂れ流して沈黙した。 「よくやった、ジーナ! こっちはビッグトレーの制圧に成功した」 私が囮として戦っている間に、ハンス中尉がビッグトレーの艦橋を撃ち抜いて敵の指揮系統を沈黙させた。 残りの陸戦型は、ケルベロス隊が張り続ける弾幕で身動きが取れず、徐々に、しかし確実に消耗している。こうなれば勝ったも同然だ。