古今東西遥か昔から、人類を動かし続けてきた信念ともいうべきものがある。 それは、奪われたものは何を犠牲にしてでも取り返さなければならない、という意志と、手に入れたものはどんな手を使ってでも守り抜かねばならない、という決意だ。 思うにこの相反するふたつの感情が、お互い決して譲ることが出来ないから戦争というものは起きるわけだけど、じゃあ平和のために譲歩してくださいなんて戯言が吐けるのは、よほどの楽天家か地に足のついてない世間知らずしかいない。 一度でも生きてる間に辛酸を舐めたことがある奴なら、自分の抱えている大切なものを手放せない。 家族、恋人、子ども、家、金、土地、仕事……この世界には手放して譲れるものなんて、実はなにひとつとして無いのだ。
港湾都市オデッサ、地球に降下したジオン軍がようやく手に入れたその町は、巨大な鉱山を有し、地球から宇宙へと鉱物資源と化石燃料を運び続けている。宇宙という水どころか酸素すらない辺境に移った民がようやく手にした、地に足の着いた実りの大地。どんな手を使ってでも守り抜かねばならない場所だ。 しかし見方を少し変えれば、地球連邦軍からすれば、ある日突然奪われた敗北の象徴。今もなお多くのものを盗まれ続ける屈辱の象徴。何を犠牲にしてでも取り返さねばならない場所だ。 そのオデッサへの大規模な反抗作戦が始まろうとしている。 それは同時に戦力を集結させた防衛作戦でもあるのだ。
さあ、兵隊たち。珈琲を置いて銃を握れ、軍靴を履け。もうすぐ地獄の幕開けだ。
オデッサへと駆り出されたのは、私たちのような躾のなっていない猟犬だけではない。開戦当初から勇名を轟かせる黒い三連星は連邦の新造戦艦、木馬を叩きに向かい、ヨーロッパ戦線では手練れの外人部隊が、オデッサ郊外ではジオンの騎士を名乗る男が、オデッサ地区ではマルコシアス隊が、各地で名立たる猛者たちが戦場で鬨の声を上げる。 私たちケルベロス隊、キシリア閣下旗下の特殊部隊、闇夜のフェンリル隊、その他複数の部隊は、黒い三連星の帰還までの間、中央アジア鉱山地帯の戦線を維持するため、連邦への防衛線を構築するために丘陵地帯へと赴いたのだ。
「いやー、すでに落ちちゃってるねー」
守る側と取り戻す側となれば、勢いがあるのはいつだって攻め手、取り返す側だ。連邦軍の動きは予想よりも早く、すでに目標地点の丘陵地帯は奪われ、巨大な大砲を両肩に背負ったタンクのようなモビルスーツ部隊と戦車隊の布陣が敷かれていた。 相手の作戦は単純明快、地の利を活かして高台からの砲撃。近づいてくるジオンのモビルスーツを片っ端から撃ち抜いていく、言葉にすると単純極まりないながらも非常に有効な戦術だ。 それが証拠に私たちと闇夜のフェンリル隊以外の、実戦経験がいまいち足りない友軍の部隊は、後退まで追い込まれないまでも相応の手痛い被害を出しながら、先程から10メートルも進めずに滞っている。 「馬鹿と煙は高いところが好きっていうけど、高いところは実際かなり有利なんだよねー」 「じゃあ俺たちも馬鹿になるしかないってことだな」 我がケルベロス隊随一の狙撃手、ハンス・グレイロック中尉が私のひとりごとに応じる。 その通り、まずは敵の地の利を潰さないことには話にならない。ということはだ、こちらは平坦な土地を榴弾飛び交う中、一気に駆け抜けて高台にどっしりと構えているタンクを潰すという、中々に無茶な突撃を実行する必要がある。 「それはそうだけど、うちの隊に馬鹿なんていたっけ?」 「ケルベロス隊で一番馬鹿なのは、俺が思うにジーナ軍曹、お前だな」 平地を一気に駆け抜ける機動力、高台に向けて急勾配を高速で登る推進力、接近戦で相手を逃さず仕留めるための大型の白兵装備、そんなものは普通のザクには備わっていない。大型の推進器を搭載した突撃仕様の私のザクなら話は別だけど。 「適任だろ?」 「……しゃーない、今回も頑張りますか」 改めて平地の戦力を確認する。三段階に距離を開けて配置された戦車部隊、妙な配置だ。戦車の大砲はザクのマシンガンより射程距離が長い、のであれば、少数に別れて点の攻撃をするよりも一列に並んで面の攻撃をした方が有効だ。 合間に罠が仕掛けてある、と考えるのが無難か。
その瞬間、先行していたフェンリル隊のザクの傍から轟音が響く。 地雷だ。装甲の一部が吹き飛び、上半身は比較的無事なものの、下半身、特に脚部の損傷は甚大だ。 しかし地雷の性能としては低く、一撃ではモビルスーツを大破させることは出来ず、一撃受けた程度では両足は持っていかれない。ダメージを受けたザクは片足を引きずりながらも後退を始めている。 そして地雷の発動までに、わずかながらタイムラグがある。踏んで即起爆ではなく、近づいた際の振動か熱源か、それとも別のなにかしらか、そこまではわからないけど、モビルスーツの接近を感知して発動するタイプの地雷で、感知と起爆の間に数秒の時間差が生じていた。 「闇夜のフェンリル隊、こちらケルベロス隊のジーナ・マスティフ軍曹」 「こちら闇夜のフェンリル隊、シャルロッテ・ヘープナー少尉。どうしました?」 「私のザクなら最悪、地雷が感知して起爆するまでの間に、致命的なダメージを負わない範囲まで逃げられます。なので、私が先攻するんで、少尉は私の後ろから足元を狙っておいてください」 「地雷が姿を現したら即座に撃てってこと? 大丈夫なの?」 さすが手練れの特殊部隊、話が早い。そしてこういう時の返事は相場で決まっている。 「お互いの腕の見せ所ってやつですよ」 無線機からわずかに苦笑を溢す音が聞こえる。どうやら了承してもらえたらしい。 背中は、いや足元は任せたよ、狼さん。
地雷がどこにあるかわからないのであれば、後始末を信じて進むしかない。 そして地雷が除去されたルート上には、それ以上の危険は存在しない。 少尉と足並みを揃えるために7割ほどの速度で進みながら戦車の横っ腹を銃撃し、後ろから足元に潜んだもぐらが顔を出した途端に始末してもらう。そうして作られた即席の進攻ルートを、鶏のように首を左右に振ってタンクからの砲撃を避けながら進んでいく。 なんて愉快なピクニック、おまけに楽しいもぐら叩き付き。 はっきり言って二度と御免だね。
「タンク隊を捕捉! まずは1機目!」 高台への勾配を駆け上がり、1機目のタンクの胴にヒートホークを食い込ませる。なるほど、硬くて重たい。マシンガンくらいでは簡単に貫けそうにない装甲だけど、刃が通常の倍は長くて分厚いこの戦斧ならば、決して斬れないことはない。 タンクの上下が中身のないバーガーみたいに裂けたところで、次は背後を振り返った間抜けを目掛けて、高台の下から陸戦艇での艦砲射撃。いくら高所に陣取って地の利を得ていても、よそ見していたら避けられるものも避けられない。 どうやらタンクも戦車も練度は低いと見た。連邦軍も必死だ、それこそ初陣同然の新兵までも搔き集めてきたのかもしれない。 そいつは数の不足は補ってくれるけど、ここを攻めてくださいって穴も作ることになるのだ。 大砲のひしゃげたタンクの中から、まだ真っ新な制服を着た兵士が駆け下りてくる。銃を握るよりは家でギターでも握っている姿が似合うような若者だ。 まあ、年齢だけでいえば、私の方がもっとずっと若いんだけど。