満ち足りてると当たり前過ぎてありがたみを感じなくなるけど、1度でも無い日々を経験してしまうと否が応にも自覚してしまう。 地球ってありがたいし羨ましいな、と。 宇宙では水にも酸素にも、煩わしい重力にさえ金が必要だというのに、地球ではただぼーっと突っ立ってるしか能のないデクノボウでも、水も空気も重力もロハで手に入ることが出来てしまう。そりゃあ宇宙に暮らす移民はぶち切れても仕方ないし、宣戦布告したくなる気持ちもわからなくはない。 私たち命知らずの尖兵共が地球に降下して1週間、我らがジオン公国は第2次降下作戦を決行。ここ北米大陸における最大にして最重要拠点キャリフォルニアベースの制圧に成功した。 そして私たち、ならず者とはぐれ者たちが身を寄せ合って生まれたケルベロス隊は、陥落した各地の基地から逃げ延びた敗残兵を探して追いかけて叩いて潰す、死肉を漁るハイエナの餌場同然の戦地を西に東にと跋扈していたのだ。
「お嬢、こっちは片付いたぜー」 「こっちはとっくに終わってるよ。よし、ケルベロス隊、撤収!」
砂漠に散らばる数分前まで戦車だった残骸を眺めながら、私は撤収の合図を出し、重たい重力の鎖に繋がれた犬のようにMSを走らせる。 MS‐06、ザクⅡ。瞬く間に地球上の各地を制圧したジオンの機械巨人、モビルスーツ。 地球連邦の兵隊たちからは緑の巨人とか一つ目の悪魔とか呼ばれて恐れられていて、たまに腕か頭か、それとも運か、あるいは全部悪い奴らが戦車に敗れたり、ドジって捕まったりしたものの、大局で見れば圧勝。連邦軍が同じくモビルスーツを出してくるまでは、戦況はジオンに大きく傾いたままだろう。 最初こそ重力に慣れずに多少の苦戦はしたものの、ハイエナ稼業に精を出して数ヶ月、戦車ではもはや相手にならない程度には隊の練度も上がった。 その間に、同じく獣の名を冠した闇夜のフェンリル隊やマルコシアス隊は名を上げて、同じような境遇のウルフ・ガー隊も着実に戦果を挙げている。補給の度に他の隊の勇名を耳にしては、私たちは名よりも実を取るのだと聞き流したりして過ごした。 なにせならず者の生き残りと訳ありの生き残りと、蓋を開けたら山賊みたいな連中の混成部隊だ。 最初から温かい飯が食えるなど思ってもいない。冷や飯には冷や飯の味があるのだ。
「ダリア隊長、ハンス中尉、こっちは撤収完了! 5分後には合流ポイントに到着するよ」 「ああ、お疲れさん。こっちももう間もなく到着する」 部隊長で元死の商人のダリア・ブラッドレー少佐、空挺部隊の元隊長で叩き上げの不良軍人ハンス・グレイロック中尉、そして私、戦闘隊長のジーナ・マスティフが我が隊の中心メンバー。育ちのタフさが幸いしたのか、今では周りからお嬢と呼ばれて、すっかり隊の雰囲気に馴染んでしまった。 隊の移動拠点、小型陸戦艇ミニトレーが砂煙を巻き上げながら近づいてくる。
その遥か上空に、私は1隻の不用心な降下艇の姿を捉えたのだった。
宇宙世紀0079年5月、この頃の北米大陸では、ちょっとした事件が起きていた。 間抜けなジオン兵がザクを奪われ、それに騙される間抜けな補給基地が襲撃されたというのだ。犬も食わないような間抜けな事件だけど、あいにく私たちは悪食には慣れてる。鹵獲したザクを取り戻し、不可能であれば叩いて潰せ、と命じられたというわけ。 まったく戦車を食い損ねるならまだしも、敵にMS渡して訓練代わりにされるなんて、腐った飯よりも質が悪い有り様だ。 「ま、こっちも連邦のミニトレーを使ってんだ。どこも似たようなもんだぜ」 「そりゃそうだけどさー」 装甲の隙間に入った砂を落しながら、私と整備兵たちに向けて呆れ混じりの溜息を吐き出す。ただでさえ地味で地道で疲れる仕事でへとへとなのに、今度は間抜けの尻拭い。私たちケルベロス隊はいつからハイエナから便所紙に格下げされたのか。冷や飯の味には慣れているけど、たまには温かいスープくらい飲ませてもらいたい、そう思っても罰は当たらないと思う。 それに、 「ようやくモビルスーツと戦えると思ったら、相手ザクかよ!」 宇宙にいる間に、連邦のモビルスーツ開発も進んでいるとの噂は耳にしたことがある。78年のスミス海の戦いでは、出来損ないではあれど両肩に大砲を載せたのが出てきたらしい。軍需技術は日進月歩、今ではそれなりの体裁を保ったデクナラズが造られていると睨んでいたのに、まさかの相手が自軍の鹵獲品。 悲しいやら虚しいやら、なんとも言えない複雑な気持ちになるのだ。
「お嬢! 前方10キロ先、戦車2輌、どちらも61式、それとザクが6機、状況は不明だが戦車モドキと交戦中。モドキの後方にコムサイが1、ってことはモドキは友軍か?」 コムサイはジオンの宇宙戦艦ムサイの船首に搭載された突入用のカプセルだ。それが落ちてるってことは、戦車モドキとやらはコムサイが運んできたのか。どのみち目視できていない私では判断がつかない。 「副長、こっちは見えてないんだから聞かれてもわかんないよ」 「あー、それもそうだな。隊長、とりあえず様子見しますか?」 副長のオルト・ハーネスが通信機の向こうで指示を仰ぐ。彼は隊長に随分長いこと付き従ってる元私兵で、今も正規の軍人ではない。ケルベロス隊の大多数は隊長の商人時代の私兵とならず者だから、別に珍しくもない話だけど。 「ちょっと待て、妙な連中が後ろから近づいてきてる。ザクが6機と61式が6輌、おそらく噂の鹵獲部隊だ」 「じゃあ、あっちのは?」 「あっちもそういうことだろ。コムサイに食いついてきたのか、コムサイに食いついた部隊に舌なめずりするハイエナを食らっちまうつもりかわからないが、俺たちの敵は先にこいつらからで決まりだな」 ハンス中尉がスナイパー仕様のザクを、腕利きの隊員たちが陸戦に調整された一つ目たちを次々と起動させる。 私も流れで特別仕様のザクに乗り込み、操縦桿を握りしめて、ゆっくりと散々大地を踏み荒らしてきた重たい足を砂へと沈めた。
「よし、お前ら! 地球のこそ泥共に本当の06の使い方を叩き込んでやれ! 授業料は悲鳴と命だ!」 隊長のドスの利いた鬨の声が上がる。
こうして史上何度目かの、或いは実はこれが史上初なのか、デク相手でもなければ薄汚い騙し討ちでもない、本物のモビルスーツ同士の戦いの火蓋が切って落とされた。