第1号コロニーが建設されるよりも遥か昔、ペテン師みたいな予言者が 『空から恐怖の大王が降ってくる! 地球が終わる!』 だなんて口にしたそうだけど、まさか人類が宇宙に住めるくらい科学が発展した時代になったのに、まさかその宇宙人たちの居住場所がそのまま降ってくるなんて誰も思ってなかっただろう。
宇宙世紀0079、つまりは宇宙移民が始まって79年の新年早々、ジオン公国が地球から独立して、ついでに宣戦布告して、おまけにコロニー【アイランド・イフィッシュ】まで叩き落して、地球人の半数を死に追いやってわずか2ヶ月、思い切った奴らはいつの時代も行動が早い。まあ、いつの時代もぼんやりしてたら負けるのだから、戦争は勢いと行動力が大事なのは否定しない。 我らがジオン軍はすでに地球への第1次降下作戦を開始、1週間もすれば第2次降下作戦で大量の軍人と兵器が送られてくるわけだ。 送られてくる面子は錚々たるもので、根っからの正規軍人から犯罪者まで重用した部隊まで立場も人種も思想も様々、とにかく戦える連中を片っ端から集めてみました、とでもいわんばかりだ。 よっぽど人材不足なのか余裕がないのか、まあそもそも地球と宇宙では人口は倍も違うし、資源の数はそれこそ桁違い。勢いと技術と覚悟で優位に立ててはいるものの、この広大な地球を攻めている間にどれだけ差を縮められてしまうことか、案外逆転だって十分にあり得るんじゃないか、なんてのは思っても口に出せないわけだけど。
しかし古今東西、窮鼠だって猫を噛むし、当て馬が下馬評を引っ繰り返すし、噛ませ犬が喉笛に食らいつくことはよくあることなのだ。 ジャイアントキリングは起こる時は起こる。それが今この時代であって欲しいものだ。
どうやら頼みの綱のジャイアントキリングは、私には起きてくれなさそうだ。
私の配属された部隊は、いわゆるならず者の寄せ集め部隊。恩赦と減刑と牢屋よりはマシな状況を求めて、蜘蛛の糸に縋るようにHLVという揺り篭に詰め込まれて、地球に降りてきたゴロツキ山のクソタレ共。 軍隊は規律正しいけど、軍隊を構成するのは人間だ。人間は感情と理性を併せ持った動物なので、カスでもそれなりの支度で地球へと降ろしてくれる。でも所詮それなりなので、正規部隊と比べたら扱いは雑そのもの。降下地点が大いにズレて、それこそ禿げたジジイのウィッグくらいズレて、右も左もわからない荒野のど真ん中に放り出されて、そうなったらならず者の本領発揮。 あっという間に、リードを引っ張る警官上がりの上官殿を鉛玉で見通し良くしてやって、逃げる奴は逃げて、酷い奴は戦車をかっぱらって逃げて、もっと酷い奴は規律を失った途端に殺し合いなんて初めて、気が付けば私は荒野でひとりぼっち。 地球くんだりまで来て何やってんだか、って呆れてたところに、同じく本隊と合流出来ないハラペコなはぐれ部隊と遭遇して、今はしっかりと、落下物の調査に来た連邦の部隊に追いかけられてる。
「ハンス中尉、どうするんです? 向こうの方が足が速いですよ」 こっちは物資運搬用のトレーラー、足回りは悪くないけれど荷物が重いのかスピードには乗れない。 一方、奴らは荒野を走り慣れた戦車たち。距離は徐々に、しかし確実に縮まっている。 「いっそ投降するってのも手だが、そしたら文字通り犬死にだな」 ハンス・グレイロック中尉。彼の部隊はヘルハウンド複合空挺部隊、複合というのは、宇宙でちょっとした事故で新兵が8人も死んで、部隊は他の部隊と共に再編し直されて、いまいち連携が取れないまま地球に降下。直後に周辺への哨戒に出たところを襲撃に遭い、中尉以下少数の兵たちは本隊と逸れたまま現在に至る。 そして私と、余計なおまけと遭遇を果たしたわけだ。 「うまいこと言ってないで、なんか無いんですか? そうだ、このトレーラー、あれってモビルスーツ運搬用ですよね!?」 モビルスーツ、MS-06、通称ザク。地上に降り立った一つ目の機械の巨人。現状のジオン軍が、ハラペコな上に攻めている側にもかかわらず優位に立てる最大の理由が、これだ。人間に近い動きの出来るが故の汎用性、巨大が故の威圧感、人なんて簡単に吹き飛ばせる口径の銃火器、高熱を発するヒートホークの破壊力、あらゆる点に於いて戦車と比べて圧倒的。 とはいえ、それを差っ引いてもこちらは重力に不慣れな宇宙人。戦車相手でも馬鹿には出来ない、数で劣れば簡単に形勢は不利になる。しかしこのまま逃げ続けて、不利な状況に陥り続けるくらいなら、いっそ戦った方が幾らかマシだともいえる。
「確かにザクは積んである、2機ほどな。だが1機は俺用にカスタマイズされた、要するに物陰からこそこそ狙うようなスナイパー仕様だ、ドッグファイトには向いてねえ」 「部隊名が泣きますね」 「黙ってろ。もう1機は調整中の試作機で、とんでもねえじゃじゃ馬仕様だ。訓練無しで乗れるような代物じゃないし、乗るはずだったパイロットは、ついさっき天に召された」 そう言い捨ててちらりと後方を振り向き、胸元で十字を切る。 視線の先には何も見えないけれど、そのずっと向こうには数分前に戦車砲の直撃を受けたジープの残骸が転がっていることを私は知ってる。合流直後に吹き飛ばされたから。 「でも、じゃじゃ馬仕様つってもザクはザクでしょ! 私も何度か乗ったことあるんで!」 ザクには何度か乗った、といっても本当に動かしてみた程度だけど。ならず者共とはいえ公国の兵士だ、モビルスーツに乗れませんでは話にならない。まあ、大半がならず者でしかなかったため、適性のない者も多く、結局は戦車しか宛がわれなかったわけだけど。 「こう見えても実力は部隊で1番なんで!」 これも嘘ではない。ものすごく出来のいい中での1番とカスのゴミ捨て場での1番では、天と地の差があるのもまた事実ではあるけれど。
「やるだけやらせてみるか。いいか、お前が失敗したら、俺はそれを囮にして逃げる」 「上手くいったら?」 「その時は、とっておきのウィスキーで乾杯だ!」
座席の後ろのドアを開き、トレーラーの荷台へと移り渡る。 そこに寝転んでいたのは確かにザクだ。でも中尉の言った通り、妙な仕上がりになった見た目からしてキワモノじみたじゃじゃ馬だ。 背中に積んだ馬鹿でかい推進器、さらに背面両端に外付けされた巨大な筒のような1対の、おそらく推進器の類。そして腰にぶら下げた、戦車相手には大振り過ぎる巨大な戦斧。 なるほど、確かにじゃじゃ馬だ。 装備からしてこの歪な一つ目は、限界まで加速させて弾丸のように放たれ、敵陣に真っ先に単騎で突っ込んで、一気に敵機、出来れば司令塔を戦斧で両断する特攻仕様。 「で、ぶった切れるだけぶった切ったら、急いで帰ってくると……」 どうやら中尉の部隊は実験部隊らしい。地上での兵器の試験、それを進行がてらやってしまえ、ということなのだろう。ほんと、思い切りのいい奴は、いつだってやることが早い。マルチタスクもお手の物だ。 「どうだ、やれるか?」 「やるしかないんでしょ! やりますよ、やったろうじゃないのさ」 ここで噛み殺されるくらいなら一か八かでも戦ってみせるしかない。いつだってそうしてきたし、これからもきっとそうするしかないのだ。 緊張で流れる額の汗を拭いながらハッチを開き、操縦桿を握り、一つ目の瞳を光らせた。