ある時、誰かが言った。労働は喜びだと。 また別の誰かが言った、労働は虚無だと。 私の仕事が喜びなのか虚無なのかは、正直な話、気分によるけれども、世間一般で苦痛とされる労働よりかは遥かにマシだ。目の前にずらりと並ぶヒヨコを見ていると、そう思わざるをえない。 そう、私はヒヨコ工場で働いている。 ひよこ饅頭を作っているわけではない、あれはあれで見た目かわいいし楽しいのかもしれないけど、私の仕事は饅頭屋ではない。アンコという、饅頭屋か和菓子屋で働く以外の選択肢はない、と運命づけられたような仇名を持っているけど、あいにく饅頭屋ではないし、和菓子か洋菓子か問われれば圧倒的に洋菓子派だ。饅頭よりもケーキを好み、大福よりもドーナツを選ぶ。 そんな私の仕事は、農場から送られてきた卵を管理し、生まれたヒヨコを育てて、やがて卵あるいは食肉として出荷するヒヨコ屋だ。 取り立ててヒヨコが好き、というわけでもないけど、人間は本能レベルでかわいい生き物が好きだ。たまにそうではない異常者が生まれたりもするけど、その辺りの感覚に関しては私はいわゆる一般的で普通の感覚を持っていたようだ。ヒヨコはかわいい。 給料は恵まれているとはいえない。それでも私のような叩けば埃が出るどころか、叩けば産業廃棄物が掘り出されるような身でありながら、かわいい生き物に携われるのは恵まれていると言ってもいいだろう。 「ふふっ、今日もみんなかわいい」 だってヒヨコを前にしたら、心穏やかに過ごせるのだから。
もしひとつ不満があるとすれば、 「卵はもう見飽きたんだけどなあ……」 空中に浮かび続ける巨大な卵を、疎ましく思ってしまうことくらいだ。
卵が最初に見えたのは、まだ前の仕事をしている頃だった。 前の仕事は一言で片付けるならば武器屋だ。爆弾専門の武器屋で、商品は手榴弾からパイプ爆弾まで様々、仕入れたものから自作のものまで入手経路も様々、たまに自分でも爆弾を使って手を汚すこともある。 2年ほど前までそんな仕事をしていたものの、ちょっとしたトラブルに遭ってしまって辞めた。 そう、ちょっとしたトラブルだ。 私と仕事仲間のギーは、ちょっとしたトラブルに遭遇して、ちょっとだけ怖い思いをしたから、ちょっとそいつの事務所をビルごと吹き飛ばしてやったのだ。 2年前に世間を騒がせた某ヤクザマンション爆発事件、あれの真犯人が私だ。
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「答えはこれだ、クソ野郎」
私は右手で中指を空へと立てて、左手の親指を地面へと向ける。それと同時に私の背後から盛大に銃弾が放たれる。 この仕事は舐められたら終わりだ、売値を吊り下げようとする奴は夏場のゴキブリ以上に即効で駆除しなければならない。それがどんな金持ちであっても、ヤクザや半グレであっても、ゴリラみたいな大男であってもだ。 タダを爆弾を寄越せと抜かすゴリラと金魚の糞のように付き従うアホ共には、説教よりも鉛玉がお似合いだ。私も拳銃を握って後ろの相棒に加勢し、ありったけの鉛玉を食らわせる。 ゴリラと魚糞共はたちまち血相を変えて逃げ出し、4人いた社会のゴミを半分に減らして走り去っていく。 店の中に残った色黒で目つきの悪い外国人の頭に、念のため1発ずつ弾をぶち込んで、間借りしているヤードのボスに頼んで機械に突っ込んで潰してもらう。
「アンコちゃん、大変だ。今月も財布がピンチだ」 相棒のギーが嘆きの言葉を溜息と一緒に吐き出す。 ギー、本名は左義長(ヒダリヨシナガ)、ヒダリだとややこしいのでサギチョーとかギッチョとか呼んでたけど、どれも長いので最近はギーで落ち着いている。うちの会計士兼店番兼用心棒みたいなもの。 「そうだねー。弾丸代、死体の処分代、アホ共の調査費と始末代、余計な出費で大変だ」 ギーに悲しい現実を突きつける。自分で言っててアホみたいで泣きたくなる。誰だ、武器屋が儲かるって言った奴は? 開業してからこれまで、毎日が火の車で、四六時中休みなく引火して吹き飛ばされそうになってる。 されど、金をかけてでも後腐れなく、がモットーなので、私はゴリラとうんこ共の報復を避けるために奴らの居場所を調べて、この世から消さないといけない。 ドブネズミでも手負いともなれば恐ろしい、今後の平和と安心のためにも禍根は根こそぎ絶たねばならないのだ。
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