目を覚ますと、奇妙な捻じれ具合でうねり狂った不気味で巨大な植物が、鉢植えを支えに磔にされた聖者のように伸びていた。 その植物は見れば見るほど不気味で、幹は黒ずんだ緑色、葉は茶色がかった赤、果実らしきものは牛の睾丸のような袋状で垂れ下がり、表面の敗れた実からは大量の種と共に、どう考えても入っていたはずのない質量の土気色の人間の上半身が流れ出ているのだ。 これは夢に違いない。なぜなら私の部屋に植物なんて気の利いたものはないし、そもそも鉢植えすら置いたことがない。私を中心に半径30メートル以内で24時間離れず過ごしたものを自然死させる正体不明の伝染病は、人間だけでなく動物や植物を死なせてしまうことは叔父の検証で判明しているし、わざわざ24時間で枯れてしまう植物を買ってくるような悪趣味さは持ち合わせていない。 というわけで夢なので寝よう。おやすみなさい。

「待って、眠らないで」 植物がお道化るように枝や果実を揺らして話しかけてくるけど、私は24歳の大人なので植物が喋らないことは知ってるし、なにより実から種と共に床に撒き散らされる謎の緑色の液体が臭くてしょうがない。 こんな不快な夢を見続けるくらいなら、起きて愉快な映画でも見るか、寝直してプリンの海にダイブする夢でも見直すべきなのだ。 そういうわけで、植物からの提案は却下する。私は眠る。おやすみなさい。 「待って、私たちの話を聞いて」 「やーだー、寝るの!」 「寝るのじゃありません、わがままを言うんじゃありません」 植物のくせにめんどくさい。部屋の主は私なんだから、外から来た植物にあれこれ指示されたくないんだけど、よくよく見まわしてみると、どうやらここは私の部屋ではない。ベッドの上にあるはずのクジラの抱き枕がないし、本棚にはお気に入りの漫画や義理で置いてる父の書籍はなく、見覚えのない文字の本が並んでいるし、缶ビールを入れるだけの小さな冷蔵庫の代わりに業務用の冷凍庫が置いてある。 それに床がフローリングではなく、コンクリートのように灰色で硬く、壁から蛇口とホースが吊り下がっていて、巨大な目を見開いた強面の男の生首がふよふよという滑稽な音を立てながら浮いて回遊している。 もし起きた時に覚えてたら、精神分析の本で答え合わせしてみよう。きっと碌でもない心理状態に違いない。

「そうなんです、あなたの心理状態はヤバいのです」 勝手に心を読むんじゃない、不気味植物め。不愉快なので睨むように顔をしかめると、メリメリと音を立てて幹が裂けて、他人を小馬鹿にしたような長い髪を天辺で結び、同じく伸ばし続けた髭を三つ編みにした中年男の顔が現れて、 「あまり人を睨まない方がいい。将来的に眉間の皺が深くなり過ぎて、そこから皺に寄った皮がめり込んで、そのまま全身が皺に飲み込まれてしまう」 などと意味不明な理論を語り始めた。 もちろんそんなことは起こらないのだけど、今は夢の中なので、もしかしたらそういう奇妙なことも起きるのかもしれない。 「そうそう。試しに私がやってみせるから」 ふざけた髪型と髭の男は、眉間に力を込めて強烈に深い皺を刻み込み、そのまま皺に吸い込まれるように植物すべてが吸い込まれて姿を消した。かと思うと、吸い込まれた反対側の空間から次々と枝や花弁が生えてきて、元々あった植物がそのまま再現されていく。 ただし1点だけ違うところがあり、裂けた幹にいたのは変な髪型の髭の男ではなく、著書やネットの画像でしか見たことのない亡き父、共食文樹だったのだ。

「ん? 何処だここは?」 「いや、私に聞かれても……」 なんだかすっかり目が覚めてしまったので、父の問いかけに思わず答えてしまう。夢の中ですっかり目が覚める、というのも矛盾まみれの妙な言い回しだけど、気分的にはすっかり目が覚めてしまってるのだから、そうとしか言いようがない。 「お前は誰だ? 何処かで見た覚えがあるが」 「おめーの娘だよ、馬鹿が」 問いかける父の隣で、垂れ下がった果実が裂けて亡き叔父、達磨塚吉嗣が血色の悪い病人みたいな顔を現わした。 「え? じゃあこの地味でパッとしない感じの子が私たちの娘なの?」 新たに別の果実から現れたのは、なんていうか知性を感じさせない類の派手目の女で、口ぶりからするとこれが私の母親らしい。 「おお、あんなに小さかった子がこんなに大きく」 「あの頃もかわいらしかったけど、今もそれなりにかわいいじゃないですか」 「いや、私は薄気味悪いって思ってましたよ。赤ん坊なのに何の病気にもかからないんだから」 「いいじゃない、健康で。我々はこんなになっちゃいましたけどね」 「たらい回しにして済まなかったねえ、こんなことなら最初から吉嗣に任せればよかったわ」 「え? こいつ、誰?」 「そんなことより、ここ何処なの? 私たち学校から帰って、それからどうなったんだっけ?」 「あー、パパが浮いてる! パパー!」 次々と見覚えのない大人たちや初老のおばさん、どこかで見たことあるような少女たち、更には全く知らない幼女まで現れて、植物はホラー映画にでも出てきそうな人の成る樹にすっかり成れ果ててしまった。

「……で、あんたたち何なの? なにか言いたいことでもあるの?」 「ああ、そうだった。お前に言っておくことがあったんだ」 代表して叔父がこっちに向き直り、なんだか自分が奇妙なことになっていることに気づいたのか、一旦果実から完全に外に出て植物を折り紙のように畳んで、小さな掌に乗るサイズまで凝縮させて、そのまま窓を開けて外へと放り投げた。 なんとなく個人的な恨みがこもってそうな投げ方だけど、兄弟なんてやってたわけだから、父との間に確執のひとつもあったのかもしれない。 「さて、久しぶりだな、魚」 魚というのは私の戸籍上の名前だ。魚と書いてイオと読む。叔父は本名のギョホネで呼ぶことはしない、なぜなら活舌があまり良くないから。 「元気そうでなによりだが、お前が元気ということは死んだ人間もそれなりにいるということで、その点に関しては複雑なところがある」 「そのめんどくさい言い回し、そういえば叔父さんはそういう喋り方するなあって思いだした」 「そういうお前も、どちらかというと面倒な言い回しをしてるが……俺の教育が行き届いていると喜ぶべきか。こんなに教育の才能があると知ってれば、殺し屋じゃなくて学習塾でもやっておけばよかったかもな」 「絶対やめた方がいいよ。叔父さん、興味本位で子ども相手に実験とかしそうだから」 叔父はマッドサイエンティストだ。育てられた私が言うのもアレだけど、絶対に子どもたちに近づけてはいけない人種の筆頭だと思う。 「それもそうだな。ところで魚、俺たちがこうして夢の中に出てきてやったのは、」 あ、夢の中なのに夢の中だって白状するんだ。その辺の誠実さも叔父っぽいな。私の記憶の叔父を夢で再現してるんだから、そういう細部が叔父っぽいのも当然なんだけど。

「お前が死なせた人数が2000人に達したので、それを知らせに来てやった。本来は1000人のタイミングで来るべきだったが、ほら、カルト宗教団体の信者で1200人も稼ぐから。ちなみに明言するまでもないが、個人で殺めた数ではダントツの1位だ、おめでとう。いや、めでたくはないな。人なんて死なないに越したことはない。とにかくだ、次は5000人の時に来る予定だが、もうこんな仕事は辞めて、俺たちに手間取らせないように。じゃあな」

叔父はそう言い残して、自らの体を折り畳んで部屋の中のなにもない空間に消えた。 最後には気味の悪い部屋と、空中に浮かぶギョロ目の生首しか残っていないので、仕方なく生首に目線を向けると、 「……俺か? 俺はよくわからねえが、気づいたら行列に並ばされていてだな。てっきり俺たちみたいな悪党は地獄に落ちるかと思ったんだが、地獄も満員みたいで順番待ちなんだとよ」 まったく私の望んでない答えを吐き出して、パンっと風船のように破裂した。

そうして夢から覚めた私は、なんか変な夢を見たなあって考えながらも、夢のないようなんてさっぱり覚えていないので、冷蔵庫を開けて缶ビールを気付け薬代わりのビールを握りしめた。

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